絶対に結婚したくない令嬢、辺境のケダモノと呼ばれる将軍閣下の押しかけ妻になる
「どうしましょう……!」
「奥様……!」

 使用人たちは全員、激しく動揺していた。
 それもそうだ。ここには皆に命令を下せるマティアスもダニエルもいないのだから。

「……っ!」

 フランチェスカは思い切って玄関を飛び出し空を見上げた。
 星が輝く濃紺の空に、たなびく煙が見える。
 屋敷は街の中心地から馬車で十五分程度の距離だ。急げばダニエルに追いつけるかもしれない。

「馬車を用意して! 早くっ!」

 フランチェスカは叫んでいた。
 早くマティアスを探しに行かなければ。あの人がいなければこの地はまた昔の荒れ地に戻ってしまう。

「奥様!」

 馬丁が慌てた様子で一台の馬車を引いてくる。

「ありがとう!」

 フランチェスカは即座に馬車に駆け寄り、ステップに足をかけた。
 だが次の瞬間、フランチェスカの耳が人の叫び声を聞き取る。

「今のは……?」

 周囲を見回すと、使用人たちが「街のほうから聞こえてきます」と震えながらつぶやいた。

「被害が……出てるんだわ」

 その瞬間、頭から冷水を浴びせられたような気がした。

(待って。今私はかなり動揺している。落ち着いて。冷静にならなきゃ……)

 フランチェスカは目を閉じ、それから胸元をぎゅっと握りしめる。

「はぁ……はぁっ……」

 なにもしていないのに息切れが止まらない。
 耳の奥では緊張と動揺のせいか耳鳴りがしている。胸のあたりを押さえると、心臓がドクドクと跳ねまわっているのがわかった。

 公舎はもともとマティアスを慕って王都から着いてきた者たちが、生活の拠点として建てた建造物で、シドニア領のほぼど真ん中にあり政治と商業の中心地でもある。
 そこに今自分が単身で向かっても、フランチェスカにできることはなにひとつないし、むしろ邪魔になる恐れがある。

(そうよ。マティアス様もダニエルもいない今、この場の責任はこの私がとるしかないんだわ)

「えっと……奥様?」

 馬車に乗り込むどころから、ステップから足を下ろしたフランチェスカに、馬丁がおそるおそる声をかけた。

「この馬車は、領民の避難誘導に使いましょう」

 フランチェスカはきっぱりと言い切る。
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