絶対に結婚したくない令嬢、辺境のケダモノと呼ばれる将軍閣下の押しかけ妻になる
 とりあえず消火活動が終わったのかもしれない。
 避難してきた人たちから話を聞いた限りでは、火事が起こったのは公舎ではなく、その近くの広場が出火元ではないか、ということだった。彼の部下たちが率先して避難誘導や消火活動を行っていて、今のところ逃げ遅れた人はいないらしい。

 だが相変わらずマティアスも、ダニエルも戻ってこない。
 最悪の結末が頭をよぎるが、すぐにそれは否定した。

 マティアスが死んだりするはずがない。あの人は八年前にだって、兄を助け死地を乗り越えたのだから。

(大丈夫……絶対に大丈夫……絶対に大丈夫よ。この屋敷に戻ってくるわ)

 必死に自分に言い聞かせていると、
「――お嬢様」
 同じくくたびれた様子のアンナが、フランチェスカの手を取り指を解きほどいた。どうやら緊張のあまり握りしめていたらしい。手のひらが爪の形に赤く染まっていた。

「考えないようにしていたの。怖くて」

 面白くもないのに笑ってしまう。フランチェスカは深呼吸をしてから周囲を見回した。

「少し落ち着いたかしら」
「ええ、そうですね」
「だったら次は台所を手伝おうかしら。炊き出しが必要よね。とりあえずあたたかいスープでも……」

 少し疲れたが、そんなことは言っていられない。困っている人はたくさんいるのだ。

 目をこすりながらアンナと話していると、
「フ……チェ、スカ!」
 開け放った屋敷の扉の向こうから、艶のある低音が響いた。

 その瞬間、フランチェスカの体を貫くように稲妻が走る。
 頭は依然真っ白だったが、フランチェスカはなにも考えず、立ち上がり声がした方へと転びそうになりながら走り出していた。

(うそ、嘘!)

 足が震える。
 膝が笑う。

(違う、嘘じゃない!)

 彼の声を聞き逃すはずがない。
 燃えるような赤い髪、そして大地に根付く大樹のような立ち姿が目に飛び込んできて――。

「マティアス様っ!」

 フランチェスカは必死に前に手を伸ばしていた。
< 155 / 182 >

この作品をシェア

pagetop