絶対に結婚したくない令嬢、辺境のケダモノと呼ばれる将軍閣下の押しかけ妻になる

「フランチェスカ!」

 馬車から降りた彼は、煤だらけの傷だらけだった。だがその緑の目は爛々と命を燃やすように輝いていた。一目見てわかった。彼は何も損なわれていないと。

「あ……ああっ……」

 唇から悲鳴にならないわななきが漏れる。
 フランチェスカはもつれる足を必死に前に進めながら、腕を伸ばしそのままマティアスにしがみつく。全力で体当たりしたが彼はびくともしなかった。

「あっ、ああっ……ううっ……」

 腹の奥から熱いものが込み上げてきて、嗚咽となってこぼれる。目からぶわっと涙が溢れて、あっという間になにも見えなくなった。

「マッ、マティアス様、ごぶじで、よか、よかった……ううっ……あっ……わぁぁ~っ……!」

 これまでずっと気を張っていたのに、マティアスの姿を見て緊張の糸がぷつりと切れてしまった。
 不安、恐怖、後悔、いろんな感情がごちゃ混ぜになってフランチェスカの中で渦を巻き、一気に噴き出してゆく。

 今確かに彼はここにいるのに、これは夢で、目を覚ました瞬間彼はどこかに行ってしまうのではないかと恐ろしくなって、必死にしがみついた。

「……心配をかけた。消火活動がようやく終わって……戻ってこれたんだ」

 煙のせいか、かすかに彼の声はかすれていて。そして泣きじゃくるフランチェスカの背中を軽くあやすように叩いた後、無言で強く抱きしめたのだった。




 結局『シドニア花祭り』は二週間の延期となった。

「中止にはしない。こんなことがあったからこそ、希望は必要だろう」

 火事から数日後、執務室に関係者を集めたマティアスは、全員の前ではっきりとそう宣言した。

(よかった……)

 その言葉を聞いて、フランチェスカは涙をこぼした。いや、その場にいた全員が目に涙を浮かべていたのではないだろうか。

「全焼したのは中央広場に建設途中だった大型テントと、出店予定だった仮設店舗が十五。火災が発生したことが深夜だったこともあって、幸いにも死傷者はいない。大丈夫だ。俺たちはやり直せる」

 それからマティアスは落ち込んだままの商会のメンバーや役人たちをひとりひとり励まし、二週間後の復旧スケジュールを改めて組むように指示を出した。

 燃え尽きた広場を見て落ち込んでいたテオも、やる気を取り戻したようで、
「これだっていう目標があれば、また頑張れる気がします」
 と、笑顔を浮かべて公舎をあとにした。

< 156 / 182 >

この作品をシェア

pagetop