絶対に結婚したくない令嬢、辺境のケダモノと呼ばれる将軍閣下の押しかけ妻になる
 フランチェスカは思い切ってソファーから立ち上がり、マティアスに向かって微笑む。

「『シドニア花祭り』があるだけじゃなくて……私が、このままさよならなんて、嫌なんです。あなたの時間を、少しだけでいいので貰えませんか」

 切ない思いを押し殺しながら告げたその瞬間、マティアスが弾けるように椅子から立ち上がった。

「フランチェスカ! あなたは本当に素晴らしい人です。俺が今まで出会ったどんな女性よりも、あなたは……!」

 緑の目が爛々と輝く。
 その瞬間のマティアスには、執務机を飛び越えてこちらに駆け寄ってきそうな熱があった。
 だが今のフランチェスカには、その熱は『毒』でしかない。
 こちらに伸びて来そうだった腕から慌てて目をそらし、

「じゃあ、行ってきますねっ」

 マティアスが足を一歩踏み出してくるのと同時に、フランチェスカはスカートの裾をつまんで、頭を下げる。
 そして執務室を飛び出していた。
 あのまま執務室にいたら、きっと彼の腕の中に飛び込んでいただろう。

(――顔が熱い)

 ひんやりした自分の手を頬に当てながら小走りで廊下を走り抜ける。
 火事のあと、マティアスの無事な姿を見て、彼の腕の中で子供のように泣いたことを思い出す。
 マティアスは泣きじゃくるフランチェスカをしっかりと抱きしめて、何度も『心配をかけてすまなかった』と謝罪の言葉を口にした。

 しがみついたマティアスの衣服はあちこち焦げていて、煤の匂いがして。
 彼の背中に必死にしがみついて、気が付けばフランチェスカも煤だらけになっていたのだけれど、後悔はなかった。

「……また私、マティアス様のことを好きになってしまったわ」

 口に出すとなんだか妙におかしくて、ふっと笑みがこぼれる。
 だが同時に清々しい気分にもなった。
 いい加減な気持ちで『受ける』と言ったわけではないが、皇女が自分を気に入ってくれるかどうかはわからない。

 だがマティアスが大丈夫だと背中を押してくれたのだ。誠心誠意、皇女様と向き合おう。
 フランチェスカは顔をあげて、まっすぐに歩き出したのだった。

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