絶対に結婚したくない令嬢、辺境のケダモノと呼ばれる将軍閣下の押しかけ妻になる
 百人ほどの貴族たちの半分程度が着席し、もう半分は席を立って自由に歓談しているようだ。
 そんな中、フランチェスカとジョエルが姿を現したのを見て、貴族たちが一斉に色めき立つ。

「あれをご覧になって。ジョエル様と一緒におられるのがフランチェスカ様よ」
「『荒野のケダモノ』に嫁いだらしいが、王太子妃つきの女官に選ばれて戻って来たらしい」
「病弱だと聞いていたが、ケダモノにはもったいない美しさだな」

 一応ヒソヒソと声を押さえているが、興奮しているせいかどれもはっきりとフランチェスカの耳に届く。
 ジョエルとフランチェスカはよく似た兄妹であるからして、自分も精一杯着飾ればそこそこに見えるらしい。だがどんな賛美を聞いても、フランチェスカの耳を右から左に流れていくだけだ。
 むしろ壁一面に貼られた鏡に映る自分を見て、ここにマティアスがいてくれたらどれだけ嬉しいだろうと、そんなことを考えてしまう。

(軍服をお召しになったマティアス様は、すごく素敵なのに……)

 あの人を『ケダモノ』なんて言うのは見る目がない人間だけだ。
 不当に貶められているマティアスのことを思うと胸が締め付けられるが、結局今のフランチェスカにできることはなにもない。ここで『それは違う』と叫んでも、相手にはしてもらえない。

「――フランチェスカの席は皇女様のふたつ隣だよ」

 悔しさに唇を引き結びうつむいたフランチェスカを見て、ジョエルが耳元でささやく。

「うん……」

 晩さん会の途中で会話にスムーズに参加できるよう、配慮された席である。
 ちなみに間にはケッペル公爵夫人が座るらしい。あのカールの母である。一応彼女からしたらフランチェスカは姪にあたるので、そういう席順になっているのだろう。
 フランチェスカは兄と一緒にテーブルに向かったのだが、その途中で声をかけられた。

「ジョエルにフランチェスカじゃないか。こちらで少し話さないか」

 従兄のカールだ。席に着かず同年代の貴族たちの青年と、輪になって会話を楽しんでいる。
 ジョエルはゆったりした動作で胸元から金色の懐中時計を取り出すと、時間を確認して顔をあげた。

「あと十分もすれば皇女殿下がお見えになるだろう。席に座ってお迎えする準備をしていたほうがいいんじゃないかな」
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