絶対に結婚したくない令嬢、辺境のケダモノと呼ばれる将軍閣下の押しかけ妻になる
素直な心で、ふたり寄り添えたなら
 フランチェスカが逃げるように執務室を出て行く後姿が、二日たっても頭から離れない。

「我ながら、未練がましいな……」

 マティアスはため息をついて、執務室で天井を見上げていた。
 たった二日仕事をさぼると事務処理はたまる一方で、ルイスから『大将、しっかりしてくれよ』と注意を受けたばかりだったがとにかくやる気が出てこない。

『シドニア花祭り』が延期になったことで、フランチェスカはお芝居のために戻ってくることになった。だがその時にはもう王太子妃のつきの女官という立場になっていて、マティアスには手の届かない存在になっているはずだ。
『シドニア花祭り』の延期に関しては、この件に関わる全ての領民のためだと胸を張って言える。
 だが芝居を中止にしなかったのは、マティアスの未練だ。
 フランチェスカと向き合える最後のチャンスだと思うと、その機会を失うわけにはいかないと思ってしまったのだ。

「はぁぁ~……」

 長い足を組み替えて、デスクの上にドン、と乗せる。行儀が悪いのはわかっているが誰も見ていないのでヨシとする。

「――出かけるか」

 このまま執務室にこもっていても、気持ちは落ちていくばかりである。
 マティアスは勢いよく立ち上がると、街の見回りをすることにした。

 復旧作業中の中央広場は活気に満ちていて、かすかに焦げ付いた匂いは残っているが、火事の名残はほぼ消えている。いつまでも落ち込んではいられないと皆が頑張ってくれているおかげだ。

「あっ、領主様だ!」

 マティアスの姿を発見した領民たちが、パッと笑顔になって駆け寄ってきた。

「なにか困ったことはないか?」

 マティアスの問いかけに、壮年の男が代表して答える。

「ルイスさんがちょくちょく顔を出してくれますんで」
「そうか。なにか不自由があったらいつでも言ってくれ」
「奥様は今、王都に行かれてるんですよね? いつ戻ってこられるんでしょう」
「祭りの前には戻ってくる」
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