絶対に結婚したくない令嬢、辺境のケダモノと呼ばれる将軍閣下の押しかけ妻になる
 マティアスの返事に、男はホッとしたように胸に手をあてた。

「実はうちのばあさんが、奥様にお助けいただいたらしいんです。あんな優しくてきれいな人はいないって、すっかりファンになっちまって。絶対に直接お礼を言うんだって、張り切ってるんですよ」

 あの火事の夜。マティアスはダニエルと一緒に、消火活動と現場の指示にかかりきりになっていた。もちろん屋敷にいるフランチェスカのことは気になったが、使用人たちもいるし部屋にこもっていれば大丈夫だろうと後回しにしていた。
 だがその後の使用人たちの報告によると、フランチェスカは火事のことを知るや否や、馬車を出すように指示して、屋敷を避難所として開放したという。そして休むことなく、朝まで治療に駆けずりまわっていたらしい。

 消火活動が落ち着いた明け方、屋敷に戻ってフランチェスカの姿を発見した時は、衝撃を受けた。
 煤と汚れでボロボロだったが、呼びかけに振り返ったその瞳は一等星のように光り輝いていた。彼女は驚いたように目を見開いた後、フラフラの足どりにもかかわらず、必死に駆け出してこちらに向かってきた。

 両腕を伸ばし駆けてくる彼女を、マティアスも抱きしめたくて前のめりになっていた。

『フランチェスカ!』

 ずっと気を張っていたのだろう。気丈に振舞っていたフランチェスカが、マティアスの無事を知り泣き出したのを見て、マティアスは彼女を愛しいと思う気持ちを抑えられなくなった。
 彼女の陶器のような肌はあちこち煤で汚れていたが、その汚れさえ愛おしく感じた。

(俺はもう、彼女以上に愛せる人には出会えないんだろうな)

 それを寂しいと思うのか、幸せと思うのか――。
 たぶんマティアスは後者だ。誰も愛せないと思っていた自分が出会えた奇跡が、フランチェスカなのだろう。とはいえ、今更もうどうしようもないのだが。

「マティアス様~! だっこ~!」

 手を引っ張られて下を見ると、足元に小さな女の子と男の子の兄妹が立っていた。物おじしない人懐っこさからして、商店の子だろう。

「少しの間だけだぞ」

 子供たちをふたりいっぺんに抱き上げると、「きゃーたかい~!」と歓声をあげる。

「お前たちの家はどこだ?」
「あっちのパン屋!」

 兄らしい小さな男の子が通りの向こうを指さす。

「わかった」

 どうせならそこまで連れて帰ってやろうと歩きだしたところで――。

「旦那様……!」

 と背後から呼び止められた。
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