絶対に結婚したくない令嬢、辺境のケダモノと呼ばれる将軍閣下の押しかけ妻になる
「ん?」

 振り返ると、お使い途中らしいアンナが立っていて、紙袋を抱えたままプルプルと震えている。
 なんだか様子がおかしい。マティアスを見る目は怒りを抑えているような、非難がましい光を宿している。

「どうした?」
「っ……旦那様の……お子様、ひとりじゃなくて、ふたりだったんですねっ……」
「――は?」

 一瞬なにを言われたかわからず、マティアスは首をかしげる。

「黙ってましたけど、やっぱりひどい、ひどすぎますよっ……! 子持ちなら子持ちって言ってくれないと! もうっ、お嬢様の純情を返してくださーいっ!」
「え、は……はぁぁぁ!?」

 血相を変えて叫ぶアンナの声に、マティアスはよその子を抱いたまま、立ち尽くすのだった。



 子供たちをパン屋に送った後、マティアスは半ば茫然としながら公舎へと戻った。

「――いや……まさかそんなことになっていたとは」

 気分転換で出かけたはずが思ってもみない展開になり、マティアスはまた先ほどと同じように天井を見上げなら、アンナとの会話を思い出していた。

『愛人なんて俺がもつはずがないだろう。子供までいるならなおさら責任を取る』
『貴族は普通にするんですよ……。平民の愛人に子供を産ませるのもよくあることなんです』

 アンナの言葉にマティアスは「はぁ……」とため息をついたが、アンナはひとしきり興奮した後、なにかを思い出したかのように急にソワソワし始めた。

『でも、愛人もお子様もいらっしゃらないとなると……』
『なんだ』
『いえ、なんでもっ』

 アンナは浮ついた表情で『お嬢様にはもうひと頑張りするチャンスがあるってことですよね……よしっ』とマティアスには聞こえないほど小さな声でつぶやいて、公舎の近くで辻馬車を拾い、元気よく屋敷へと戻っていった。
 残されたマティアスは訳が分からず、あっけにとられるばかりである。
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