絶対に結婚したくない令嬢、辺境のケダモノと呼ばれる将軍閣下の押しかけ妻になる
 そうやって集まってきた日雇いの人間のために簡易宿ができ、彼らに食べ物を売りにくる人間も集まる。日々の生活に必要な日用品を売る行商人が増え、市場が自然発生した。
 八年経ってようやく、数万人の人口が集まるまでに大きく成長したのだ。
 ちなみに部下たちのために建てた建物は、自分を慕って軍を離れた部下を飢えさせるわけにはいかないと、治安維持の仕事を任せたり、住人同士のもめ事を解決する部署を作ったりしているうちに公的な意味をもつようになり、現在はシドニアの公舎として機能している。
 部下たちはそのまま役人になった。彼らは家族を持ち、この地で生きることを選んだ。

(まぁ、俺はいまだに独身だが)

 マティアスは自嘲気味にふっと笑って、改めて目の前の優秀な男ダニエルに視線を戻す。
 彼はもともと王国の商家の出身で大きな商会を率いる男だったが、シドニア領で商売をするうちになぜかマティアスを気に入ってしまったらしい。
 ある日いきなり息子夫婦に商会を譲り『私を雇ってください』と押しかけて来たのだ。
 すぐにいやになるだろうと思ったが、結局五年以上一緒にいるのだから不思議なものだ。

「どうして俺なんだろうな」
「ジョエル様のご推薦だからでしょう」
「――はぁ」

 マティアスはまた大きくため息をつく。

「最初は五十人の部下、それからダニエル……今度は自称妻か。俺はいつも誰かに『押しかけ』られてばかりいるな」

 望む望まないは別にして、己はそういう星のもとに生まれたのかもしれない。

 自嘲しつつぽつりとつぶやくと、
「諦めて結婚いたしましょう。あなたももう三十五歳なんですから。三十五ですよ、三十五。私はその頃は三人の子持ちでしたよ」
 ダニエルはニコニコと微笑みつつ、チクチクとマティアスの柔らかい部分を指してくる。

「お前なぁ……」

 この男は一応部下の顔をしているが、マティアスのことをどこか出来の悪い息子のように思っているのだ。
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