絶対に結婚したくない令嬢、辺境のケダモノと呼ばれる将軍閣下の押しかけ妻になる
ヴェルベック侯爵家からひとり娘との結婚の打診が来たときも、疑うよりも先に『いい機会ではないですか! 侯爵令嬢、いっそ貰ってしまいましょう!』と大喜びしていたくらいだ。
本当に肝が太い男である。
「ここ数年でようやく機能しはじめた、領内の治安を守るのが俺の仕事だ。結婚など……」
我ながら非の打ちどころのない模範的な答えを出せたと思ったのだが、
「跡取りをもうけることも貴族の仕事ですけどね。あなたが跡継ぎを残さないまま死んだら、領主がまた適当な貴族に変わって、シドニア領も元の寂れた土地に戻ります。それでいいって言うんですか?」
「グッ……」
しれっとダニエルに言い返されてしまった。
ああ言えばこう言うダニエルだが、そもそも商人に口で勝てるはずがない。
マティアスは唇をぐいっと一文字に引き結びつつも、脳内で数日前に押しかけて来たフランチェスカの姿を思い出していた。
(だがあれは、美しすぎるだろう……!)
フランチェスカ・ド・ヴェルベック。
馬車からふわふわの白いケープに身を包んだ彼女が下りてきたとき、雪の精霊が舞い降りたと思った。
ちらつく白い雪が彼女の緩やかに波打つ金色の髪に次々と降り注ぐ中、青い春の空を映しとったような瞳は、熱を帯びたようにキラキラと輝きこちらを見つめていた。
マティアスの手のひらよりも小さな顔は陶器の人形のように白く滑らかで、手足はすらりと長い。抱き上げたときはあまりの軽さに綿でできたぬいぐるみでも抱いているのかと疑ったくらいだ。
世界一の芸術家が作り上げた、精巧な人形としか思えないその美貌を見て、それまで帰ってもらう気満々だったマティアスは言葉を失い、見惚れてしまった。
見た目がいいくらいで、言葉を失ってしまうとは。
そんな愚かな自分に腹が立つし、苛立って仕方ない。
「馬鹿を言うな。相手は侯爵令嬢だぞ。元平民の俺なんか犬以下だ」
いくら美しくても蔑まされるのはごめんだ。己のプライドまで汚すつもりはない。
「八年前、俺が王都で『野良犬』と蔑まれていたことをお前も知っているだろう」
マティアスの発言を聞いて、ダニエルが少しだけ眉を下げる。
「ですがあれは不可抗力だったんでしょう?」