絶対に結婚したくない令嬢、辺境のケダモノと呼ばれる将軍閣下の押しかけ妻になる
ここまでされると、さすがにもう拒めなかった。
マティアスもひとりの男であるからして、抱くつもりはなくともかわいい新妻のちょっとしたおねだりくらい、否定したくない気持ちもある。
脳裏には『白い結婚』でもキスは許されるのだろうかとか、ねだられたくらいで言うことを聞いてしまう己が情けないとか、いろんな言葉が浮かんだが呑み込んだ。
「――わかりました」
マティアスはごくりとつばを飲み込んだ後、おそらく自分の体重の半分以下に違いない、フランチェスカの背中と腰を引き寄せておそるおそる額に口づける。
ガウンを羽織っているとはいえ、手のひらからフランチェスカの体温を感じる。身を寄せると彼女の体からふんわりと石けんの香りがして眩暈がしたが、なんとか耐えきった。
「これでいいですね? フランチェスカ」
念押しのように尋ねる。
絶対に、唇にしろと言わないでくれ。言われたらとても耐えられない。
ひとりの人間として尊重しようと思いつつ、欲に目がくらむ己が恥ずかしいが、心の中で言い訳をするくらいのことは許してほしかった。
そんな気持ちの中、極力声を抑えてささやくと、フランチェスカは唇が触れたところに指をのせて、なにか言いたげに軽く目を細めたが、
「はい。おやすみなさい、マティアス様」
そのままくるりと踵を返して私室へと戻っていった。
彼女の姿が見えなくなってから、ドアを閉じる。
「はぁっ……!」
大きく息を吐き、その場に崩れるようにしゃがみ込んでいた。
いきなり王都から押しかけて来た貴族の妻がかわいくて困るなんて、思いもしなかった。
フランチェスカは不思議な女性だ。距離を取ろうと言っているのに、なぜかあちらからグイグイと近づいてくる。いくら信頼する兄から勧められた縁談とは言え、箱入りの貴族令嬢からしたら自分は『ケダモノ軍人貴族』のはずなのに、いったいなにを考えているのだろう。
もしかしてこれから毎日キスをしろとねだられるのだろうか。
そして自分は、おでこへのキスをいつまで耐えられるのだろうか。
(若い娘の考えることは、本当にわからない……)
マティアスはよろめきながら、頭を抱え込んだのだった。