絶対に結婚したくない令嬢、辺境のケダモノと呼ばれる将軍閣下の押しかけ妻になる
それから数時間後、仕事を終えたマティアスはフランチェスカを連れて屋敷へと戻った。
食堂で一緒に食事をとり、彼女に付き合ってお茶を飲んだ後はそれぞれの私室に戻ったのだが、
時計の針が深夜に差し掛かろうとした頃に、夜着の上にガウンを羽織ったフランチェスカが部屋を訪れて、仰天してしまった。
「どうしたんです?」
『白い結婚』では当然、寝室は別だ。彼女は自室で眠るだろうと思っていたので、まさかここにやってくるとは思わなかった。
「お仕事をされていたんですか?」
フランチェスカは軽く首を伸ばすようにして、マティアスの背後の書き物机の上の書類を見て目を細める。
「え……えぇ。昨年度の資産管理の書類の最終チェックをしていただけなんですが」
若干言い訳じみた言葉になってしまったのはなぜだろうか。新婚早々、仕事ばかりで呆れられただろうかと、おかしな気持ちになる。
彼女を受け入れる気もないし、できれば今でも王都に帰ってほしいと思っているくらいなのに。矛盾する気持ちの中で尋ねる。
「それで……フランチェスカはなぜここに?」
その瞬間、フランチェスカはパッと頬を赤く染めて、胸の前でぎゅっと手を握り締める。
「あの……えっと……その……そうっ、おやすみのキスをしていただこうと思ってっ」
「オヤスミノキス」
バカみたいにおうむ返しをしてしまったことに関しては許してほしい。フランチェスカは妙に気合の入った表情で、こちらを見上げる。
「だって夫婦ですし」
「いや、でもそれは」
「……だめですか? でも、して欲しいんです。私たち、表向きでは一応夫婦ですよね?」
フランチェスカは青い瞳に力を込めて、そのまま顔を持ち上げると目を閉じてしまった。
これはもう完全にキス待ちである。