絶対に結婚したくない令嬢、辺境のケダモノと呼ばれる将軍閣下の押しかけ妻になる
 マティアスのことを考えるたび、心臓があり得ないくらい胸の中で跳ねる。

(私の旦那様、私をトキメキ死させる気なのかしら!?)

 フランチェスカは書き物机に突っ伏してギギギと唇を引き結んだ。

 ここ何日か、マティアスに見せるための企画書作成のため、夜更かしが続いていた。なので『おやすみのキス』を貰いに行くのを辞めていたのだが、なんとマティアスから、
『あなたがおやすみのキスをねだりに来ないのは、寝てないから?』
『少し寂しく思っていましたよ』
 と言われて、顔から火が出そうなくらい照れてしまった。

 あくまでもあれは冗談だろう。わかっている。大人の男というものは本気ではなくとも、そういう振舞いをするものだ。兄嫁のエミリアからも『ジョエル様は天然の人たらしなんです!』と悲鳴混じりに聞いたことがあるのでよくわかっていた。
 そしてフランチェスカも一応十八歳の乙女であるからして、素敵な異性から甘い言葉をささやかれれば、当たり前のようにときめいてしまう。

(いや、恥ずかしがってばかりではだめね。これは貴重な体験だわ! せめてこの気持ちを書き留めておかないと!)

 フランチェスカは書き物机の引き出しから上質紙を取り出し、今の感覚を忘れないようにとマティアスからもらった言葉をがりがりと書きつけてメモを取る。
 そうやって己の感情をすべて吐き出して、熱い紅茶がすっかり冷める頃、ようやくフランチェスカは一息つくことができた。
 素敵な旦那様のおかげで、当分ネタ切れはなさそうだ。

「……ふぅ」

 大きく息を吐いたところで、ベッドを整えていたアンナが少し心配するように声をかけてくる。

「お嬢様、楽しんでやられているのはわかるんですが、あまり無理はされないようにしてくださいね」
「ええ、わかっているわ。でも大丈夫。今の私はすっごく元気だから」

 小説を書いている時、フランチェスカは自分でも信じられないくらいタフになる。
 体だけではない、心もだ。全能感とでもいうのだろうか――。自分にできないことはないというような気になって、若干無理をしてしまう時があった。

(今は大事な時だし……もう少し頑張ろう)

 まったく自重する気はないのだった。
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