絶対に結婚したくない令嬢、辺境のケダモノと呼ばれる将軍閣下の押しかけ妻になる
 マティアスが本人役を演じると決まり、フランチェスカの筆はのりにのった。

「お嬢様、少し休まれたほうがよくないですか?」

 アンナが書き物机の上にハーブティーをのせる。

「うん……あと少し。ここを修正したら寝るわ」

 フランチェスカは上質紙の隙間を埋めるように万年筆を走らせている。
 時計の針はすでに深夜をまわっていたが、なかなか手が止まらない。時間をかければいいものができるわけではないのだが、少しでもマティアスの負担を減らすために、脚本を書き直しているのだ。
 マティアスは領主として毎日休みなく、ほぼ深夜まで執務に追われている。そんな彼に頑張ってセリフを覚えろとは言いづらい。なので長セリフが必要な部分はマティアスに背っ格好の似た俳優をつかい、顔を見せない形で舞台に立たせることを決めた。
 マティアスが顔を出すのは、ここぞというところだけでいいようにする。
 そんなこともあり脚本の大部分を書き直しているのだ。

「アンナ、心配しないで。私、シドニアに来てからすごく体調がよくなった気がするの」
「確かに最近のお嬢様は、お食事もよく召し上がるようになりましたし、真っ白だった顔色も、若干頬に赤みが増すようになって、すこ~し健康になられた気もしますけど」
「でしょう? やっぱりやりがいって大事なのね。私、今人生を最高に楽しんでいる気がするわ!」

 もちろん小説を書いている時は、ずっと楽しかった。
 自分が頭の中だけでぼんやりと考えているストーリーを形にし、一冊の作品とする喜びは、何物にも代えがたい感動があった。とはいえ執筆作業は自分ひとりだけのもので、そこには他人のはいるすべはない。己ひとりですべてが完結していた。

 だが今は違う。演劇はみなで作り上げるものだ。連帯の喜びがある。
 舞台が成功してシドニア領地の人たちに喜んでもらえたら、きっとマティアスも嬉しいだろうし、自分も妻として認めてもらえるに違いないという期待が、フランチェスカを動かしていた。

「うん……だから、がんばらなくちゃ。いいものを作らなきゃ……」
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