絶対に結婚したくない令嬢、辺境のケダモノと呼ばれる将軍閣下の押しかけ妻になる
 そこで、机の上に置いていた原稿用紙が、ひらりと一枚床に落ちる。

「あっ」

 拾い上げようと床に向かって手を伸ばした瞬間、頭がクラッとして目の前が真っ暗になった。

(部屋の明かりが消えた?)

 アンナに頼んでつけてもらわなければと思ったところで、
「きゃああっ、お嬢様っ!」
 アンナの絹を裂くような悲鳴があがった。

(なに、どうしたの。アンナ。虫でも出たの?)

 なにを騒いでいるのかと、苦笑しつつ顔をあげようとしたが――。
 視界はそのまま床に近づき、フランチェスカの体は椅子から転がり落ちる。

(私また、倒れて……)

 頭を打たないよう、とっさに手を伸ばしたところまでは覚えている。
 だが全身に大きな衝撃を受けたあと、フランチェスカは意識を失ってしまったのだった。




「そろそろ帰るか……」

 書類のページを繰っていたマティアスは、安定剤代わりに左手に持っていた白猫ちゃん人形をじっと見つめながらつぶやく。

「見れば見るほど、彼女に似ている気がするな……」

 真っ白で青い目をした白猫ちゃん人形は、ポポルファミリーシリーズの中でもお気に入りの人形のひとつなのだが、最近この人形とフランチェスカが脳内でかぶり始めていて、我ながらヤバい自覚がある。
 三十男が人形を常に携帯しているのもキツイし、癒しを感じているのも怖い。
 さらに最近は、妻と人形を脳内で同一化していて、いくら考えない様にしようと思っても、考えることがやめられない。

(赤いエプロンドレスもよく似合っているが、彼女の目に似たブルーのドレスを着せてもかわいいだろうな)

 などと、人形を見つめながら脳内で着せかえバリエーションを真剣に考えてしまうのである。
 我ながら本当にヤバいと思う。だがこれもすべて妻が可愛すぎるのがいけないのだ。
 フランチェスカ自身に罪はなにひとつないが、恨み言のひとつでも言いたくなってしまう。
 マティアスは人形をじいっと見つめながら、また盛大なため息をついた。

 そんな静かな夜の時間は、部下の唐突な呼び声で破られた。
 廊下の奥から「大将~!!!!」と大きな声が近づいてくる。人形を胸ポケットに仕舞いこんだところで執務室のドアが開き、ルイスが転がり込んできた。
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