絶対に結婚したくない令嬢、辺境のケダモノと呼ばれる将軍閣下の押しかけ妻になる
「大変だっ!」
「なんだ、どうした」

 マティアスはさらりと受け流しつつ尋ねる。
 ルイスは愉快な男だが万事大げさで騒々しい男なので、大変と言われてもそうでない場合がほとんどだ。
 きっと『酒場で口説いていた店員に振られた』とか、もしくは『独身だと思って手をだした女が既婚者で、旦那から決闘を申し込まれてしまった、どうしよう』だとか、そんなことだろうと思ったところで、
「おっ、奥方様が倒れたって!」
 と、文字通り大変な報告を受けてマティアスの心臓は一瞬で止まりそうになった。

「馬車は?」
「ダニエルさんが迎えの馬車をよこしてる!」
「わかった」

 慌ただしく部屋のすみのコート掛けから上着を手に取ったところでルイスが少し気遣うように声を掛けてくる。

「なぁ、大将」
「……ん?」
「その、奥方様とBBって、そういう仲だったりする?」
「は?」

 思わず上着を羽織る手が止まってしまった。

「や! そんな怖い顔しないで! あの奥方様が『親しいしなんでも言える』って言ってたの、ちょっと気になっただけだから!!! でもあり得ないよね! そんなの旦那である大将が一番よくわかってるよな~! ハハハ!」

 ルイスは慌てたように顔の前で手を振り、それから大きく息を吐いて腰に手をあてて頭を下げた。

「こんな時にごめん……」
「――いや、いい」

 マティアスは言葉少なに返事をして、そのまま階下へと駆け下りて迎えの馬車にひとりで飛び乗っていた。

(BBとの仲なら、俺だって疑ったさ)

 フランチェスカが親しくしている男。ダニエルが言うには『宮廷の知識人で貴族』らしい。自分とは真反対の男だ。
 フランチェスカは世界中の本を読むために家庭教師をつけて、様々な国の言葉を学んだくらい、本が好きらしい。さぞかし気が合うんだろうと思うと、胸の表面がチリチリと焦がされるような気持ちになる。
 だがそれをフランチェスカに尋ねる勇気もない。
 戦場では向かうところ敵なしと言われた自分が、だ。

(それにしても、俺、どんな顔をしていたんだ)

 マティアスはつい先ほどルイスに言われたことを思い出しながら、自分の顎のあたりを手のひらで撫でていた。

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