絶対に結婚したくない令嬢、辺境のケダモノと呼ばれる将軍閣下の押しかけ妻になる
 領地のほぼど真ん中にある宿舎から屋敷までは馬車で十五分程度の道のりだ。いつもはそれほど長いとも思わないのに、今日は何倍にも感じて、何度も胸元の懐中時計で時間を確認してしまう。
 そして屋敷の前に到着するやいなや、物音を聞きつけたダニエルが飛び出してきた。

「旦那様」
「フランチェスカの様子は!」
「今お医者様が診察中です」

 駆け足で螺旋階段をのぼり、フランチェスカの部屋へと向かった。するとドアが開き中から医者と看護師、アンナが姿を見せる。

「先生! フランチェスカの容体は!?」

 慌てて尋ねると、初老の医者は唇の前で指を立てて「お静かに」とささやいた。

「あ……すまない」

 興奮のあまり大きな声を出してしまったことを恥じて、小さく頭を下げる。

「それで彼女はなぜ倒れたんだ? もしかして大変な病気の可能性が……?」

 ハラハラしつつ尋ねると、
「過労でしょう」
 と、あっさり応えられる。

「過労……?」
「メイドに話を聞きましたが、どうも寝不足が原因らしい。嫁いで来られる前は、あまりお体が丈夫ではなかったということなので、せめて夜はしっかり眠るようにしてください」
 そして医者は「新婚とは言え、ほどほどに。ふふっ……」と言い、アンナに見送られて玄関へと下りて行った。
 一瞬、なにを言われたかわからず考え込んでしまったが、次の瞬間ハッとした。
 どうやら夫婦の夜の時間のことをたしなめられたらしい。

(『ほどほど』ってそういうことかよ……)

 かあっと頬が熱くなるのが自分でもわかったが、一応表面上は夫婦なので『違う』とも言いづらい。腰に手をあてて大きく深呼吸を繰り返した後、フランチェスカを起さないよう彼女の部屋の中へと足を踏み入れた。
 彼女はたくさんの枕にうずもれるように眠っていた。

「フランチェスカ」

 枕元に立ち彼女の手をとると、ひんやりと冷たい。白磁を思わせる艶やかな顔は蝋燭のように白く、薔薇色の唇も青白かった。相変わらず額に入れて飾りたくなるような美貌だったが、マティアスの胸はぎゅうぎゅうと締め付けられるように苦しくなり、たまらなくなる。
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