結婚しないために婚約したのに、契約相手に懐かれた件について。〜契約満了後は速やかに婚約破棄願います〜
 連絡を受けたルキが仕事を中抜けしてストラル社にやってくるとそこにはソファに丸まって眠る妹の姿があった。

「ごめん、さすがに12歳児は抱え上げられなかったわ」

 屋敷で着るようなドレスではなく簡素なエプロンドレスを纏ったシルヴィアは満足気な表情を浮かべてあどけなく寝息を立てる。

「ハルに頼もうかとも思ったんだけど、公爵令嬢に万が一でもいらない噂がついたら事でしょ。責任持ってお兄ちゃんがベッドまで運んであげてください」

「いやまぁ、それはいいんだけど」

 一緒に送られて来た脅迫文を見ながらルキはため息をつく。

「シルが迷惑をかけたね。ストラル伯爵夫妻にご挨拶……は難しい?」

「あー2人とも帰っちゃった。お義姉様ちょっとはしゃぎすぎちゃって、お腹張ったらしくて」

 お兄様にめっちゃ怒られたとさすがのベルも反省したようにしゅんとなっていた。

「……何やったの?」

「うどん作ったり、クッキー作ったりして、大量にできたそれを持って、会社見学と称して色んな部署に襲撃しかけただけよ?」

「何やってるの!?」

 この会社自由かと声が大きくなったルキに静かにとベルは慌てて嗜めるが、疲れ切って電池切れのシルヴィアは起きる様子がない。

「あんまり叱らないでやって。私も共犯だから」

 ベルはルキにそう頼む。

「なんでこんな事に?」

「分からないけど、お茶会で嫌な事でもあったんじゃない?」

「だからって、ベルのところに会いに行かなくても」

「お兄ちゃんが忙しいの分かってるからじゃない? ふふ、それよりその脅迫どうする? ルキ一生結婚できないね」

 クスクスと笑うベルはルキの手にある脅迫と要求をさして揶揄うように笑う。

『結婚するなら帰らない』

 シルヴィアが出した内容はシンプルな要求だった。

「お兄ちゃん愛されてるねぇ」

 ベルは可愛いっと微笑ましそうに笑う。
 結婚して欲しくないのに何故兄の婚約者の職場に家出すると謎でしかない妹の行動に首を傾げつつ、ルキはシルヴィアを抱き抱える。

「……シルを蔑ろにするような結婚はしないよ」

 そう言ったルキの後ろを荷物を持ったベルがついて行く。

「そっか、なら良かった」

 どこか他人事のように嬉しそうに笑う契約婚約者に苦笑して、

「けど、一生は困るなぁ」

 ぽそっとつぶやくルキの声はベルには届かず静かに消えた。
< 143 / 195 >

この作品をシェア

pagetop