結婚しないために婚約したのに、契約相手に懐かれた件について。〜契約満了後は速やかに婚約破棄願います〜

その18、伯爵令嬢と魔法使い。

 綺麗なバラには棘がある。美しいからこそ、身を守る武器を持っているのだ。ナジェリー王国第一王女として君臨するアネッサは大輪のバラと呼ばれる自分に誇りを持っている。だからこそ日夜そうあるべく、武器を磨いているのだ。

「みんなこういう話、大好きよね」

 歌うように独り言をこぼしたアネッサの手の中には昨年子女たちの間で大ヒットし、今年の夏にこの国で流行した観劇の原作となったとあるロマンス小説があった。
 内容は政略結婚で愛のない結婚をさせられそうになっている貴族の男性ととある事情で身分を隠している隣国のお姫様が、いけないことと分かりつつも互いに惹かれ合ってしまうラブストーリーだ。
 それぞれ立場があり、また婚約者もいる。それでもお互い運命の恋に身を任せどうしようもなく惹かれてしまうのだ。
 そうして様々な障壁を乗り越え、真実の愛を手に入れる、いかにも若い女の子達が憧れそうなストーリー。
 アネッサはパラパラとめくりパタンと本を閉じると形の良い唇が弧を描く。

「みんな、ハッピーエンドが好きなのよ。そのためなら他者を踏みつけたって構わない。だって悪役がいないと、物語は盛り上がらないんだもの」

 結局は強者だけが勝ち上がる。それはナジェリー王国だろうと、この国だろうと変わらない。

「さて、みんなが大好きなこのお話に一体どうやって乗せようかしら?」

 ふふっと楽しげに笑ったアネッサは、ずっと打ち続けている布石の効果がそろそろ出るかしらと笑いながら、本日の夜会の準備を始めた。
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