結婚しないために婚約したのに、契約相手に懐かれた件について。〜契約満了後は速やかに婚約破棄願います〜
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 噂など気にしたって仕方がない、とシルヴィアは思う。
 シルヴィアが物心つく前から、この家に父は帰ってこず、母という存在はそもそもいなかった。病気で早死にしたと聞かされている母親の噂は知っている。
 頼んでもいないのに、したり顔で我が家の事情を勝手に語り、土足で踏み荒らす人間が多くいたからだ。
 そんな好奇の視線から守ってくれたのは他でもない兄のルキだった。
 ルキはいつでも矢面に立ってくれた。シルヴィアにとっては、兄であると同時に父でもあり、信頼できる大人であり、唯一の家族だった。
 そんな兄であるルキに言いよる女の子が沢山いるのは今に始まった事ではないし、政略結婚の企てなど数えきれないほどあった。
 そして、それにルキが辟易しているのも知っていた。
 だから、唯一の家族と言っても過言ではない彼が幸せになれない結婚など断固阻止しようと決めた。
 どんな手段を使ってでも。
 そうして今までの縁談はそれが形になる前に全て叩き潰して来た。幸いな事に我が家は公爵家。大抵の事は許されるし、結婚に乗り気でない兄はシルヴィアの行動を咎めなかった。
 彼女、ベル・ストラル伯爵令嬢がこの家に来るまでは。
 ベルは貴族令嬢としてはどう見ても規格外だった。
 紅茶をかけても、メイド服を渡しても、物置部屋をあてがっても、全部楽しそうに対応して見せた。
 それどころか自分の嫌がらせを兄のための行動だと見抜き、友達になりたいと言ってくれた。
 ベルはルキの妹である自分に媚びたり、邪険にしたりする事なく、一人の人として向き合おうとしてくれた。
 ベルといる時間はとても楽しかった。ベルは教科書には載っていない、家庭教師も教えてくれないような事を教えてくれたし、自分の主張にも耳を傾けてくれたから。
 自分がベルを好ましく思っているように、ルキもそうなのだと思っていた。
 ルキが婚約までした相手なんてベルだけだったし、ベルが来てからルキは穏やかに笑うようになったから。
 忙しいルキにわがままは言えないと思っていた。だから、大きくなるにつれて兄が家にいる時間が減っても我慢していた。
 だけどベルが来てから、ルキは家に帰って来てくれる事が増えたし、昔のように話をする時間を作ってくれるようになった。
 姉、と呼べる存在がこの家に増えたとしても、それは自分にとってもルキにとっても悪い事ではないのだとシルヴィアは初めてそう思えた。
 一緒に食事をするだけで嬉しくて、今日あった出来事を聞いて欲しいと思う存在がいる。
 それだけで毎日が楽しかった。
 ずっと、こんな日が続けばいいとシルヴィアは願っていた。
 それなのに、どうしてたったこれだけの願いが他人に踏み荒らされなければならないのか?
 この生活を守りたいと思うのに、まだどうにもできない自分のことが、ただもどかしかった。
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