結婚しないために婚約したのに、契約相手に懐かれた件について。〜契約満了後は速やかに婚約破棄願います〜
 もう、眠さが限界っと休日だったのをいい事にベルは自室に戻り、思うがままに惰眠を貪る。
 食事も取らずに寝続けたベルが行動を開始したのはその日の午後からで、しっかり乾燥させた紅茶の出涸らしを持ち込み厨房を借りる。

「ふふ、上出来だわ。さっすが、お義姉様直伝の紅茶クッキー」

 ベロニカの得意げな金色の目を思い浮かべながら一つ味見をする。うん、何度作ってもやっぱり美味しい。

「ベル、すっごく良い匂いだわ」

 ミシェルを片手にひょこっとシルヴィアが顔を覗かせる。
 野菜クズや紅茶の出涸らしをもらったときも思ったが、公爵令嬢が気軽に厨房に出入りするなんて、彼女もなかなかにお転婆なのかも知れない。

「シル様も食べます?」

 後で使用人のみんなに配る予定だったが、思いの外大量にできたので、シルヴィアに手招きしてそう誘う。

「これが私の押し付けた紅茶の出涸らしでできてるなんて信じられない」

 できたての紅茶クッキーを見ながら感嘆の声を上げたシルヴィアに、せっかくなので紅茶でも淹れましょうかとベルは話しかける。
 ベルには弟しかいないので、妹がいたらこんな感じなのかしらとシルヴィアの可愛さについつい頬が緩む。

「では、では、是非ご賞味ください。シル様はい、あーん」

 と、出来立てのクッキーをシルヴィアに食べさせようとしたところで、クッキーがベルの手から取り上げられる。

「!?」

 それを取り上げた犯人はルキであっと思う間もなく、クッキーはルキの口の中に消えた。

「何だ、気になるならかじってみればいいと言ったのはベルの方だろう」

 驚いたように丸々と大きくなったアクアマリンの瞳を見ながら、やっと1本取れたなとルキは笑う。

「……欲しいなら、自分で食べてください。せっかくシル様を餌付けしようと思ってたのに」

 ちょっと不服そうな口調でそう訴えたベルは、

「ふふ、で、食わず嫌いの次期公爵様、感想は?」

 と尋ねる。

「確かに、悪くない」

「素直に美味しいって言えば、まだ可愛げもあるのに」

 やれやれ、と言った口調で肩を竦めたベルは、紅茶のカップを1人分追加で用意する。

「まぁ、でも食べ物を粗末にしない人は、嫌いじゃないですよ」

 イタズラっぽく笑ったベルは、お茶にしましょうかと準備をはじめる。
 そう言ったベルの表情から目を離せなかったルキは、はっとして『いや、ないから』と自分で自分に訴えた。
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