ラカンティア

憎しみの夜風

 風は、北風だった。
 ザクロは、遠い旅路の果てに、流れゆく雲のまにまに、思いをはせた、夜風に揺れながら。
 目に見えるものは、価値がない、ということに気が付いた、そんなとある街の旅籠の中で、何度も夢を見た。
 彼女が、逝ってしまった喪失感は、打ち寄せる波に描く、憎しみの夜風とまじりあって、混沌のパステルのように、塗りつぶす、それを黒く。
 ザクロは、うずく指に、彼女の面影を追って、ベッドから、おきあがる。
 ベッドを出て、窓を全開に開ける。遠くから、戦争の血臭が漂ってくる、爆撃音で、眼が覚めたのだ。
 一度、轟音が街を揺らして、それからは、間断なく聞こえるミサイルの着弾する音は、悲鳴を、そして、怒号を、逃げ惑う気配を、しみついた日常を、塵芥に帰す、狂気の変貌が、まるで根源悪バッファルスの到来を告げるように、不吉な祈りを、女たちの苦しみに感じた。
 戦争は小康状態だと聞いていた。
 すると、入り口の扉を強くたたく音がして、ザクロは、雷刀を取る。
「誰だ?」
「お客さん、逃げた方がいい」
 宿の下男らしい。
 ザクロは、すぐに紫の闘衣に着替えて、セリアが肩に乗ると、宿を出た。
 夜空を、建物の間から見上げる。
 ここは、ラカンティア第十二世界、通称「戦争ホタル」
 小さな世界で、永遠と人々が戦争をしているのだ。
 まるで、蛍のように、夜ごと魂が空に昇る様子は、幻想的で、ノスタルジックな様子さえ感じさせるが、内側にあるものは、支配と略奪、それのみ。
 マンティコア、あの女のことはセリアに訊いて、徹底的に調べ上げた。
 セリアは情報型幻灯機械、バルーダ鳥の魂可変タイプの最上級デバイスだ。
 答えられることは、ザクロの意識化に浮いたことのみ。
 ゆえに、ジャンバルア病の治療には最適なのだ。
「セリア、情報をくれ」
 すると、セリアは白壁にできた幻灯機械に飛び込んで、文字となる。
「マンティコアの仕業」
「マンティコアは街にいるのか?」
「街にいる」
「どこにいる?」
「それは、わからない」
「よし」
 不意に、T字路の向こうから、爆発が起こって、火焔が、一気に駆け抜けていく。
 闘衣で、体を隠し足に力を入れ、爆風と正面衝突する。
 バタバタと揺れる外套は火炎に包まれる。
 バサッと外套を広げる。
 火炎が逃げていく。傷もやけどもない。セリアは、ゴールドループ社製で、もちろん羽根一つ落ちない。
 戦車が侵入してくる。
 雷刀。
 爆発。
 電撃が、戦車をバインドして、外套をはためかせ、ザクロは宙を舞う。
 まるで、雷神ゼガルンクの化身のように。
 次から次に空からやってくる爆撃機。
 陳腐な人間の兵器など、きくはずもない。
 大きな通りに出た。
 戦車が、五台。
 雷刀は、まばゆく光を放ち始める。
 刀身に刻まれた純正クラシックネオン社のロゴ。
 持つことを許されるのは、スクールを出た、最強の新聖人のみ。
 まあ、それはいいとして、彼は、闘うたびに、血が騒ぐ、この騒ぎ方は、嫌いではない。いったい、「俺はなんだろうか?」と自問自答する日々。
 戦いは、彼の証だった。
 一台の戦車の上に飛び乗る。あっというまのことだ。
 雷刀が、戦車に電撃を伝えると、戦車は一瞬で、木っ端みじんにはじけ飛ぶ。
 大破した破片が、街の壁という壁、道路に飛び散って、なかにいた兵士が勢いよく道路にはじけとばされる。
「助けてくれ」
 そんな戯言は聴かない。
 ふわっと道路に着地して、心臓を一突きし、とどめを刺す。
 すると、四台の戦車が一斉に砲撃を浴びせかけてきた。
 すべて、弾道は見えている。
 すすっと、ダンスを踊るように、かわしながら、間を詰める。
 そこからは、目には見えない。少なくも人間の眼には。
 パープルライオット。
 かつて、そう呼ばれていた頃、人間が付けた呼称だ。
 紫の闘衣が、マントの先まで、神経を巡らせて、よけきれない弾丸はあえてよけず、直撃した。
 身じろぎもしない。
 戦車の中から気配が伝わってくる。
 恐怖。
 ザクロは笑う。その赤い唇で。美しすぎる歯並び、残忍にギラっと光る、ように見えた。
 五台の戦車をかたずけて、空を見上げる。
 さっきから爆撃の雨を降らせる人間の戦闘機に、小さくまた笑う。
「助けて、そこのお方!」
 女の声がする。
 振り返ると、十二人の兵士に襲われる女が三人。
 反射的に体が動く。
「やめろ、鬼畜」
「何だお前?」
「なににみえるんだよ」
「は、キチガイか?」
「ああ、そうだよ」
「消えろ、邪魔だ。俺達がだれかわかるだろ?」
 兵士はザクロを見て不穏なものを感じらしい。
 きっと新聖人かと思っただろうが、すぐに思い直しただろう。
 新聖人が人間など助けるはずはないと。
「誰だ? お前らは?」
「あ、ぎゃははははは! こいつ本物のキチガイだ」
 銃を構える十二人の兵士。
 そして、掃射する。
 ハチの巣になったザクロ。
 絶望の悲鳴を上げる女たち。
 しかし、効くはずはない。
 絶句する兵士。
「死ねよ」
 そして、闘衣がバサッと動くその百分の一秒後、瞬きを女が一回した瞬間に、十二個の首が、道路に転がっていた。首は電流に痙攣していた。
「早く、逃げろ」
 とザクロは言った。
「ありがとう、あの、お名前は?」
「名乗るわけないだろうが、早く逃げろと言っている」
「腰が抜けてしまって」
「仕方ない。ほら立てるか?」
 女たちを助け起こして、ザクロは腰袋から、一個の小さなボタンを取り出す。
 ゴールドループ社製のテレポート装置。
「あなたは、ぜひ……」
 女たちが濡れた瞳を向けてくる。
「俺はザクロ」
「かっこいい」
「あ?」
「またお会いしたいです」
「そうか、とりあえず、遠い町に送るぞ」
「そのまえに」
「いいって」
「でも」
「私たちをぜひ」
 と言いかけたすきにボタンを押した。
 いい女たちだったけど、まあ仕方がない。
そして、ザクロは、激戦区と思われる、中央大広場の方へ駆け出していった。
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