恋人は謎の冒険者

第1章 酒は飲んでも飲まれるな

これが最後だと言われたエールの、残り半分を飲み終える。

「なんで・・」

空になったコップを見つめながら、マリベルは涙を浮かべて呟く。

「なんで、わたしばっかり」

(お父さん)

心の中で一ヶ月前に事故で亡くなった父親のゲオルグを思い出す。

(お父さん、どうして死んじゃったの)

娘のマリベル同様、甘党なのでお酒は好きではない父が、その日は外でお酒を飲んで酷く酔っ払い溝に落ちて死んだ。
しかも死んでいた場所は裏寂れた人気の無い路地。
誰と飲んでいたのか、なぜそんな所にいたのか未だにわかっていない。
マリベルはデストーニア国の王都の次に大きな街、ラセルダに住んでいる。
母親のフロイラはマリベルが八歳の時に亡くなっていて、冒険者だった父はマリベルを育てるため、引退してラセルダの冒険者ギルドのギルド長になった。
それから十二年。マリベルは二十歳になり、二年前からギルドの受付兼回復術士として働いていた。
彼女の仕事は冒険者登録に関する事務と、冒険者への依頼を受けてその依頼にランク付けをして掲示板に貼りだすこと。それから張り出された依頼を引き受けたいという冒険者に対し、正式に依頼の橋渡しをする。依頼を完了させた冒険者にその実績に見合った報酬を渡すことなど。
受付は常時五人ずつ控えている。
マリベルは治癒魔法が使えるため、医務室に運ばれてくる冒険者の治療にもあたる。
父親が亡くなった日、受付の一人が休みだっため、マリベルは残業になった。
家に帰ったマリベルは、ちょうど出かけようとする父親に出会った。

「遅くなるから先に寝ていなさい」

そう言われ、寝る支度をしてベッドに入って程なくして、マリベルはたたき起されることになった。

死因は溺死だった。
すでに冷たくなった父親の濡れた死に顔を見て、悪夢を見ているのかと思った。

でもそれは現実で、マリベルは自分がひとりぼっちになったと悟った。

父親の葬儀は大勢の人たちが押しかけ、皆がいい人を亡くしたとお悔やみを言う中、マリベルは生気のない状態で対応した。

それが約ひと月前のこと。

葬儀の後は、ギルド長に宛がわれていた宿舎も出て行かなければならず、悲しむ余裕もなく荷物を片付け、住むところを探した。

ギルド職員の伝手を使って条件を言って探していると、ちょうどいい物件が見つかった。

老夫婦が営んでいる下宿屋で、ギルドにも近い。何よりの魅力はその家賃の安さだった。

新しいギルド長はてっきり副ギルド長のマルセロがなるものと思っていたが、意外にも別の人物が就任した。
マルセロは事務職から現在の地位に就いたが、ラドリア=ルヴォリという人物は、この前まで冒険者だった。マリベルの父親も冒険者からいきなりギルド長に抜擢された。
各都市にギルドはあるが、ひとつひとつが大きな冒険者ギルドという組織の支部に過ぎず、本部は王都にある。
副ギルド長とギルド長はその本部で決めることになっているので、決定には従わざるを得ない。

「現場しかしらない人間に組織の運営などできるわけがない」

人事を聞いて悔しそうにマルセロさんがぼやいていた。
しかし、皆マルセロさんがギルド長にならなくてほっとしている。彼はとにかく権威主義で、上にはへいこらするのに、下に対する態度は威圧的でヒステリックで、平然と人を贔屓するいやな人物だった。
ただ、全く新しいボスが来ると聞いて、これまでのように仕事をさせてもらえるかと、職員は心配していた。
組織というものは長が変われば雰囲気はがらりと変わる。
しかし意外にもルヴォリ新ギルド長は気さくで面倒見が良く、何より働いている皆のことを考えてくれる人だった。

マリベルのことも、ギルド長の会議で王都へ行った際に何度か父親と言葉を交わしたと言って、とても気に掛けてくれた。

新しく住むところも安い家賃で良いところが見つかり、突然の父の死から少し前向きになりかけたマリベルに、まだまだショックなことが待ち受けていた。
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