初心な人質妻は愛に不器用なおっさん閣下に溺愛される、ときどき娘
 ただ唇と唇が触れるだけの口づけである。それでも、オネルヴァにとっては初めての経験で、それ以上何をどうしたらいいのかが全くわからなかった。
 ただ、呼吸を止めているため、少し息苦しい。
 我慢の限界がきて、おもわず顔を逸らす。それから、大きく息を吸った。
「ぷはっ……」
「……やはり、嫌だったのか?」
 声に導かれるようにして彼の顔を見る。それは目尻に深く皺を刻み、どこか悲しそうにも見えた。
「い、いえ……。初めてのことでしたので、息が苦しくなって……」
 その言葉で、今度は彼の眉間に皺が寄る。まるで不審な物でも見ているような、警戒されるような憐れまれるような、複雑な視線である。
「だ、旦那様?」
 何か失礼なことをしてしまったのでは、という想いがオネルヴァの中に生まれ始める。
「嫌ではなかったのか?」
 そう尋ねるイグナーツは、捨てられた子犬のような目をしていた。短時間にこれだけ表情を変えてくる彼は珍しいし、それはまるで自分の感情に素直な幼子のようにも見える。
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