初心な人質妻は愛に不器用なおっさん閣下に溺愛される、ときどき娘
 オネルヴァの視線に観念したのか、イグナーツの乾いた唇がゆっくりと開き始めた。
「口づけをするときは、鼻で息をすればいい……」
 驚いて、目を瞬いた。もしかして彼はそれをずっと伝えたかったのだろうか。
「息をしなければ、これ以上の深い口づけはできない……」
 口づけとは、唇と唇を合わせるものではないのだろうか。深いというのであれば、もっとぎゅっと密着させることを指すのか。
「深い口づけ、ですか?」
 よくわからず、オネルヴァはそう声に出していた。
「あ、あぁ……。できれば君と、それを試してみたいのだが……」
 イグナーツは視線を逸らした。そうなるとオネルヴァまで急に恥ずかしくなってしまう。
「は、はい……」
 声が掠れないように、必死になって返事をすると、彼の顔が動いた。
「い、いいのか?」
「は、はい……」
「いや、だが……。俺と君は夫婦でありながらも、形だけのものだ」
「ですが、家族です……。口づけ一つで旦那様が助かるのであれば……。今よりも深い口づけをすれば、旦那様の魔力も落ち着かれるのですよね?」
 そうでなければ、彼も口づけしたいとは言わないだろう。だから、これはただの口づけではないのだ。人命救助のために必要な口づけである。
 オネルヴァは何度も心の中で自分にそう言い聞かせる。
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