初心な人質妻は愛に不器用なおっさん閣下に溺愛される、ときどき娘
 驚いて彼を見上げたオネルヴァは、静かにグラスに手をかけた。
「飲めるか?」
「は、はい……。落ち着きましたので」
 グラスはびっしりと汗をかいていた。これもイグナーツの魔法のおかげなのだろう。きっと、水を冷やす魔法だ。
 グラスを傾けると、口の中が冷たくて澄んだ水で満たされた。ただの水であるのに、さっぱりとしていて美味しいと感じる。
 彼女が水を飲み干したタイミングで、イグナーツは手を伸ばしてきた。グラスを預かるという意味だろう。オネルヴァも空になったグラスを彼の手に預けた。
 それでもまだ、心臓はドクドクとうるさく動いている。
 彼と交わした初めての深い口づけは凄かったとしか言いようがない。あんなものが存在することすら知らなかった。
 今でも熾火となって、身体の奥で疼く熱を放っている。彼の寝台の上で、こうやって呆けて座っていることしかできない。
「大丈夫か? もしかして、俺の魔力に当てられたか?」
 意味がわからず首を傾げると、ギシリと音を立ててイグナーツが寝台に腰をおろした。
 身体を捻って、オネルヴァの顔を覗き込む。
「やはり、顔色がすぐれないようだ。すぐに休みなさい」
 何を言葉にしたらいいかわからず、困ったオネルヴァは目を瞬いた。
「あ、はい……」
 オネルヴァは彼の寝台から降りようとしたが、ふらりと大きく身体が傾いてしまった。すぐさまイグナーツが手を伸ばし抱きとめた。
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