初心な人質妻は愛に不器用なおっさん閣下に溺愛される、ときどき娘
「はい……」
 そう返事をしたエルシーは、どことなく不満そうだった。
 そしてイグナーツは、馬車が止まるまで目を開けることはなかった。
 慣れた屋敷に戻ると、オネルヴァもほっと肩の荷がおりた気分になる。不機嫌のように見えたイグナーツだが、それでも馬車から降りるときには手を取ってくれた。
「旦那様。お疲れですか?」
「そうだな。ああいった場は、あまり好きではないからな」
 馬車より飛び降りたエルシーは、たたっと駆け出して先に屋敷へと入っていく。
 きっと友達ができたと、リサたちにも報告したいのだろう。淑女らしくない行動に、本来であれば注意すべきなのかもしれない。だが、自分の気持ちに素直な子どもらしい行動でもある。あとでやんわりと注意すればいい。
「エルシーにもお友達ができてよかったですね。わたくしにも、リオノーラ様を紹介してくださって、ありがとうございます」
「別に俺は……。君をここに閉じ込めているつもりはないからな」
 彼も誰かに何かを言われたのだろうか。
 だが、オネルヴァ自身もそう思ったことはない。閉じ込められるというのは、あの離宮にいたときのような、あんな状態であると思っている。
「はい……」
 それから少し迷った挙句、そっと彼の手を握りしめる。今はただ、イグナーツの体温を感じていたかった。
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