初心な人質妻は愛に不器用なおっさん閣下に溺愛される、ときどき娘
 オネルヴァの両目からは、静かに涙が流れている。
 イグナーツは彼女を抱きしめたまま、熱く息を吐いた。
 「ああ、だから。俺は今、幸せだ。君が隣にいてくれるからな。これからも、俺の妻として、俺を支えてくれないか?」
 妻は不要だと言っていたイグナーツから感じていた優しさの原因がわかった。
 それはオネルヴァ自身が、この結婚が形だけのもの、彼の妻としての立場も形だけのものと思っていたのと同じ理由だ。
 そう思い込むことで、お互いの立場を守っていた。
 理由は明確である。今の関係を失うのが怖いから。
 だが、そう思えることが『幸せ』なのだろう。『幸せ』だからこそ、今を壊したくない。この時間がずっと続けばいい。
「はい……わたくしでよろしければ……っ」
 唇を塞がれた。
 突然の行為に、オネルヴァも戸惑う。彼はいつも口づけの許可を求めてくる。こんな強引な口づけは知らない。
「すまない」
 唇が自由になった途端、彼はいつものように謝罪の言葉を口にした。
「エルシーが大きくなったら、君を解放すべきだと思っていた。君だって、こんな年上の俺よりも、もっと年代の近い者と一緒になったほうがいいだろうと、そう思っていた。だから俺は、ずっと我慢していた……」
「我慢、ですか?」
「君を、名実ともに、俺の妻としてもいいだろうか?」
 その言葉の意味を考える。彼の形だけの妻ではないということだろう。
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