初心な人質妻は愛に不器用なおっさん閣下に溺愛される、ときどき娘
 それでも踏まれた左手は、ひりひりと痛むし打たれた頬は熱い。
 顔をあげてもまた打たれるのであれば、何もしないほうがいい。こうやって床に這いつくばっていたほうが、まだマシだ。
 感情を殺す方法はとっくに身に着けている。その術を、ゼセール王国にきてから使わなかっただけ。
「カトリオーナの娘でないのであれば、これは好きにしていいな?」
 男は許可を求めるかのように問うている。
「ええ。好きにしてちょうだい」
 ギリギリと頭皮が引き攣るくらいに、また髪を引っ張られた。ぶちぶちと何本かは抜けたかもしれない。
 無理矢理顔をあげられ、男と目が合った。
「かわいそうになぁ? 母親にも見捨てられて。旦那はゼセールの北の将軍。俺たちのことを、お前は知らないだろう?」
 問われても、オネルヴァは何も反応を示さない。
「システラ族……。そう言えば、わかるか? お前の旦那に何人もの仲間が殺されたな。あいつらは卑怯なことに、女と子どもを人質にとったんだ」
 ズキンと胸に響いた。
 システラ族との内戦の件はオネルヴァも知っているし、こちらに来てからヘニーにも詳しく聞いたばかりだ。だが、ゼセール側がシステラ族の女性と子どもたちを人質にしたという話は知らない。彼らが、ましてイグナーツがそのような卑怯な策をとるとは思えない。
「だから、俺たちも同じことをしてやろうと考えた。お前を人質にすればあの将軍はどう動くかな」
 このようなときは何もしゃべってはならない。
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