初心な人質妻は愛に不器用なおっさん閣下に溺愛される、ときどき娘
「それは困るな」
 男性の低い声が響いた。
 声は、この牢の入り口に繋がる階段の上から聞こえてきた。顔をあげると、入口の扉は開いていて、幾人かの人影が見える。だが、逆光になっているためその姿は影となり、誰であるかをはっきりと目にすることはできない。
 それでも、この声はよく知っている。
「お前たち。あいつらを捕らえろ」
 複数の足音が、中へと入ってくる。だが、オネルヴァはその手を緩めない。
 先ほどから悶え続けている男は、軍服姿の男たちに身体を拘束される。その周囲にいた取り巻きたちの男も同様に。
「オネルヴァ。離れなさい」
 カツンカツンとブーツ音を響かせながら、ゆっくりと近づいてくる男はイグナーツだ。見間違えるはずもない。
「あとは俺たちにまかせなさい」
 その声に、オネルヴァは首を横に振る。
「この人を生かしておけば、また同じようなことを繰り返します。わたくしも、この女も、生きていてはならないのです」
 もう母親とは呼ばない。この人を生かしておけば、誰かに寄生して、こうやってオネルヴァを狙ってくる。そのたびに、周囲の者を巻き込むのであれば。
「オネルヴァ……。それでも俺は、君に生きてほしい」
 イグナーツがゆっくりと近づいてくる。一歩、また一歩。
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