初心な人質妻は愛に不器用なおっさん閣下に溺愛される、ときどき娘
 見張りをしていた者に目配せをしたイグナーツは、オネルヴァを抱きかかえたまましっかりとした足取りで奥の部屋を目指す。オネルヴァとエルシーが使っている部屋とは違う部屋。
「あの、ここは……」
「俺たちの部屋だ」
 彼が指を鳴らして魔石灯をつける。ぼんやりと橙色に照らされる室内。天蓋つきの落ち着いた(こき)色の大きな寝台が目に入る。
 室内の真ん中にある鈍色の長椅子におろされる。
「こんな時間だが……お茶でも飲むか?」
 こんな時間であっても、部屋の隅にワゴンが置いてあり水差しと湯沸かし、カップや茶葉が綺麗に並べて置いてある。
「先に、風呂の準備をしてこよう。冷えただろう?」
 これから冬が訪れようとしている季節だ。夜は冷える。
「わたくしよりも、旦那様のほうが」
 オネルヴァはおもわず彼の手を掴んでいた。驚いたようにイグナーツは振り返る。
「ご、ごめんなさい……」
 オネルヴァ自身、なぜ彼を引き止めたのかがわからなかった。だが、彼を掴んだ手は微かに震えていた。なぜ震えているのかもわからない。
 彼は黙ってオネルヴァの隣に座る。
「そのような格好のままでは風邪をひくだろう? 遅くなってすまなかった……。怖い思いをさせたな」
 イグナーツの両手が背に回り、彼女を抱き寄せる。
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