ティータイムは放課後に。〜失恋カフェであの日の初恋をもう一度〜

第9話


 その日の放課後、一花はひとり裏路地にひっそりと建つ椎の店、『Petit cadeau』へ行った。
 一花の視界は滲んでいた。
 アンティークと宝石のようなスイーツが並ぶショーケースが、きらきらと光っている。
「おかえり、一花」
 厨房から、椎が顔を出した。
「しいちゃあん……」
 椎の顔を見るやいなや、一花はぼろぼろと泣き出した。
「おっ、おい……」
 ぎょっとした顔で、椎が出てくる。
「うわぁぁあん……」
 わんわんと子供のように泣きじゃくる一花を、椎は最初は戸惑っていたものの優しく抱き締めた。
「分かった分かった。まったく……」と、椎はくしゃっと笑う。
「よく頑張ったな、一花」
 一花は椎に抱きついたまま、涙を流し続ける。朝に我慢したぶん、一度堰を切った涙はしばらく止まりそうにない。
 椎はまるで子供をあやすように、抱き締めた一花の背中をとんとんと叩いてくれていた。
「うぅ……」
 ずず、と鼻を啜る。でも鼻水も涙も止まらない。仕方ないから、一花は椎のパティシエ服に顔を押し付けた。
「こら、俺の服で鼻水拭くな」
 バレていた。
 けれど、怒りながらも椎はまだ一花を抱き締めたままでいる。なんだかんだ、こういう面倒見のいいところは昔から変わらない。
 そういえば、昔もこんなことがあった気がする。あれはいつのことだっただろう。
 ぼんやりと考えていると、椎が言った。
「まったく……一花は優し過ぎるんだよ。寝取られた女なら、あの場で雪くんのことを張り倒すくらいじゃないとダメだぞ」
 寝取る、の意味が一瞬分からなかった。理解してすぐに反論する。
「……寝取られてないし。殴るよ、椎ちゃん」
「……殴るのはやめてください」
 一花は小さく笑う。
「……ありがとね」
「……ん?」
 椎が顔を上げる。
「朝、来てくれて」
 椎がいなかったらたぶん、雪と別れることすらできなかったかもしれない。
「……あぁ」
 椎は静かに頷いた。
「……本当は黙って見守ってるつもりだったんだけどな。お前が素っ頓狂なこと言い出すから」
「へ? 素っ頓狂……?」
 どれのことだろう、と顔を上げる。すると、でこをぺしっと優しく叩かれた。
「キスしてとか、軽々しく男に言うんじゃないバカ」
「あっ……あれは、雪くんが全然素直にならないから……」
「だからって、男を煽るようなことは言うんじゃない。危ないだろ」 
「危ないって、なにが?」
 椎に深いため息をつかれた。
「……お前、もう男と喋るな」
「なんでよ」
「バカすぎて引かれるぞ」
「じゃあ椎ちゃんとも話さない」
「俺はもうお前がバカだってことは知ってるから大丈夫だ」
「…………」
 ぐぬぬ、と奥歯を噛む。椎との口喧嘩では、一花は一度も勝ったことがない。
 椎はふっと笑い、一花から離れた。
「ミゼラブル、食べに来たんだろ?」
「あ……うん」
「……ほら、涙拭いたら席に座って待ってろ」 
「うん」
 一花はごしごしと涙を拭うと、一番近くのカフェテーブルにすとんと座る。そうして店内を見渡した。
 泣いたせいで、いつもよりも店が明るく感じる。
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