ヒーローはかわいい天使さま

 翌日、せっかくの休日なのに、気分は沈んだままだった。
 窓の外は灰色の雲が垂れ込めている。今にも降り出しそうな天気だ。雨が降れば、碧維の家の満開だった桜も散りはじめる。

 寂しさがこみ上げてきて、気分を変えようと桜をモチーフにした花柄のヘアピンを髪に飾り、散歩に出かけることにした。
 折りたたみ傘を持って玄関を開けたときだった。

「雨降る前に、帰った方が良いよ」
「うん、そうだね」

 聞き覚えのある声がして日向家を見ると、華恋と碧維が出てきた。

「あ、來実ちゃんじゃない。日向くんと本当に近所なのね!」

 來実に気づいた華恋は、満開の花のような笑みを浮かべた。

「どうして?」と、思わず本音がこぼれた。
 華恋先輩は少し照れくさそうにはにかみ、「実は私、日向くんと付き合いはじめたの」と、嬉しそうに報告してくれた。

 突然、落とし穴に落ちたみたいに目の前が真っ暗になった。胸がぎゅっと締め付けられて息が苦しい。

 ――祝福、してあげなくちゃ。
 だけど、笑顔を作れないでいた。顔をぱっと逸らす。
 碧維は今、どんな顔をしているのだろう。中庭で見たときのように華恋先輩を愛しそうに見つめているかもしれない。彼は、私以外に大事な人を見つけたんだとあらためて実感したら、もう、耐えられなかった。

「華恋先輩、……どうかお幸せに!」

 二人の仲睦まじい姿をこれ以上見たくない。やるせなくて、私は背を向けると駆けだした。

「來実!」

 碧維が私を呼んだけれど、振り向かなかった。
 自分で放った『お幸せに』がずっと、胸に刺さっている。まったくそうは思えなくて、妬ましかった。なんてひどい後輩なんだろうと情けなくなった。

 しばらく全力で走って疲れた私は、壁に手をついて荒い息を整えた。こめかみの汗を手の甲で拭ったとき、ヘアピンに触れた。手に取って、眺める。

「ああ、そっか」
 私、……碧維のことが好きだったんだ。

 花柄のヘアピンをぎゅっと握る。今さら気づいても遅い。後悔で涙が溢れた。膝を折り、その場に屈みかけたとき、

「來実、待てって!」

 いきなり腕をつかまれた。振り仰ぐと追いかけてきた碧維が辛そうに顔を歪めていた。

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