ヒーローはかわいい天使さま
「お疲れ。いい匂いがする」
 彼の笑顔を見ると、沈んでいた心が少し浮上した。お菓子が入った袋を渡す。

「今日はお菓子を作ったの。チョコマフィン。外側は少し焦げちゃったけど、中は大丈夫だよ。あげる」

 私は今朝もらった髪飾りを指差し、「これのお礼」と伝えた。

「いただきます」
 碧維はさっそくマフィンを一つ取り出して、口に運んだ。

「ここで食べなくてもいいのに」
「ごめん、がまんできなかった」
「少し、苦いでしょ?」
「すごく、おいしいよ」

 大きく口を開けてあっという間にマフィンを一つ、食べ終えた。

「残りは家でゆっくり食べる」
 柔らかい笑みを向けられて、胸がとくんと反応した。

 ――我がいとこながら、かわいい笑顔。失いたくないな……。

「碧維!」
 外へ出て行く彼を、思わず呼び止めた。だけどまだ、気持ちと考えがまとまっていない。言いよどんでいると心配そうに顔をのぞき込まれた。

「來実、どうした?」

 やさしい彼のことだ。朱翔に続いて、碧維まで遠くに行かないで。そばにいて欲しいと頼めば、叶えようとしてくれる。だけど、それはダメ。自分勝手なわがままは言えない。
 碧維が誰を好きになろうが、どこへ行こうが自由で、いつまでも私のそばにいる義務はないのだから。
 
 本音が口からこぼれそうになるのを、ぐっと歯を食いしばることで堪えた。

「……なんでもないよ。お腹空いたなって思っただけ」

 苦手な作り笑いで誤魔化した。

 ――それにしても、なぜ、なにも言ってくれないの?

 碧維の気持ちを探ろうと、じっと見つめる。
 長い付き合いだ。隠し事をしているかどうかは顔を見ればわかる自信があった。それなのに、彼からは後ろめたさが一つも感じられない。
 付き合っていることを言いそびれているだけかもしれない。だったら、言ってくれるまで待ちたい。

「來実、本当に腹が減っただけ?」
「うん。ほら、早く帰ろう」

 不満そうな目を向けてくる碧維を追い抜き、外へ出る。
 彼女の華恋先輩より、自分の送り迎えを優先させて申しわけないけれど、まだあと少し、今の関係を続けたい。

 ――やっぱり、私はまだまだ子ども……。
 後ろめたい気持ちで胸はいつまでもずきずきと痛んだ。
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