ヒーローはかわいい天使さま
 あの日を境に、碧維は泣かなくなった。守るべき対象から対等に、そして今は守られる側に逆転してしまった。
 今の情けない自分が悔しい。雨と涙で視界がにじむ。

 ――子どものころの碧維が憧れてくれた私に、またなりたい。

 強く、たくましく成長した碧維の原点、憧れるヒーローを想像したとき、答えがぽんっと浮かんだ。

「ヒーローは泣きながら、逃げたりしない」
 涙を手の甲で拭った。
 自分の気持ちに気づいたのなら、ちゃんと向き合わないといけない。

「碧維の幸せを願ってる。二人とも大事で、仲を裂くことはしたくない。けれど、長年の想いと感謝は伝えてもていいんじゃないかな?」

 ――自分の気持ちも、大事にしていいよね?
 
 ヒーローだからこそ、想いを正々堂々と打ち明けよう。そして、気持ちよく失恋しよう。碧維たちを祝福するために、私自身が前に進むために。

「ヒーローなら立ち上がれ」

 私は顔をあげた。彼にもらった桜柄のヘアピンを髪に止め直す。ポケットからスマホを取り出して、電源を入れた。着信履歴から碧維に電話をかけると、ワンコールで繋がった。

「もしもし、碧維? 心配かけてごめ……、」
「心配するに決まってるだろ」

 真後ろから声がした。おどろいて振り向くと、雨にぬれた碧維が息を切らしながら立っていた。

「やっと、見つけ……、」
「びしょぬれじゃない。とにかく入って!」

 彼の腕をつかみ、中へ引き込もうとした。

「いや、無理だろ。狭いし天井に頭があたる」
「詰めて座れば大丈夫」

 滑り台は小さく、背の高い彼には窮屈だ。足先は外に出すことになるが、それでも全身がぬれるよりはいい。碧維もそう思ったらしく、身体を屈めると私の横に座った。

 肩や髪の水分を手で払ってあげていると、心配そうに自分を見つめる彼と近い距離で目が合った。

「すごく探した。心配したんだからな」
「ごめんなさい」 
「無事で、よかった。もう迷子になるなよ」

 彼の手が頭に伸びてきて、ぽんっとなでた。
 
 ーーどれだけの時間、探してくれたんだろう。碧維なら自分が見つかるまで諦めないと、少し考えればわかることなのに。

 私はもう一度、ごめんなさいと伝えた。 
 一人だったときは心細かったのに、今は雨がやさしいカーテンのように感じる。二人だけの世界だ。

「ここにいるって、よくわかったね」
「來実の、お気に入り傘をさしている子どもとすれ違って、聞いた」
「二人とも、ちゃんと家に帰れたかな?」
「子どもたちなら、俺と話した直後、迎えに来た母親たちと合流していた。それより自分の心配をして」

 肩を組まれ、ぎゅっと抱きしめられた。碧維が近くなって心臓がとくとくとうるさい。

「來実、寒くない?」
「大丈夫。碧維は?」
「走ったあとだから熱いくらい」

 耳元で響く碧維の声に目が回りそうだ。華恋先輩への罪悪感と彼を独占している幸福感で、胸が苦しい。私は突っぱるように彼の胸を押して、二人の間を空けた。

「何? 俺、汗臭い?」
「違う。華恋先輩に悪いと思って。その……私は、二人を祝福してるから!」
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