ヒーローはかわいい天使さま
 自由に跳ね回る髪先が気になって、休み時間にトイレに向かった私は、びっくりする会話を耳にしてしまった。思わず聞き耳を立てる。

「あー、さっき中庭にいるのを見たよ。二人きりだった」

 私はトイレを出ると、三階の廊下を走った。中庭が見える窓を見つけ、下をのぞいた。

「うそ……」
 中庭に二人がいた。花びらが舞う桜の木の下で肩を寄せ、碧維が持つスマホをのぞき込んで、笑い合っている。どう見ても、彼氏彼女の関係だ。

 あの碧維に彼女。しかも、かわいい華恋先輩。

「いつから、付き合っているの?」

 ――今朝の碧維、先輩にそっけなかったのに。なんだろ、すごく……悲しい。

 目の前が真っ暗になって、私はその場に座り込んだ。
 碧維のことは気心が知れている姉弟のように思っていた。知らないあいだに付き合いだしたことも、それを知らされていないこともショックだった。朱翔に彼女がいると知ったときよりも何万倍もの衝撃で、胸がずきずきと痛い。

「私、何してるんだろう……」

 碧維は、『彼女は一人しか作らない。』と言った。話しかけてくる女子とは『仲よくなりたくない』と話していた。それだけ、華恋先輩一筋で大好きと言うことだ。きっと、余計なお世話だと思ったはず。

 授業のはじまりを知らせるチャイムが鳴る。教室に戻らないといけない。足に力を入れて立ち上がり、中庭をそっとのぞき見る。二人の姿はもう、そこにはなかった。


「――來実さん、焦げてる!」
「え。うわ、ごめんなさい!」

 副部長がオーブントースターのスイッチを切り、あわてて蓋を開ける。焦げた匂いがもわっと顔にかかった。

「少し、焦げちゃったね」
「すみません。ぼおっとしてました!」
 
 私はぺこぺこと何度も頭をさげた。

 今日は一日中、失敗続きだ。ずっと、胸がもやもやとしてすっきりしない。なにをしていても集中できずにいた。ふとしたときに、碧維と華恋先輩を思い出してしまう。

 二人は美男美女で、遠目でもとてもお似合いだった。二人が付き合いだしたことを私は誰よりも祝福してあげるべき立場なのに、面と向かっておめでとうと言える自信がなかった。

 部活が終わり、重い足取りで靴箱に向かうと碧維が待っていた。壁にもたれかけ本を読んでいたけれど、私が近づくと本を閉じ、彼の顔に笑顔が咲いた。
< 8 / 19 >

この作品をシェア

pagetop