クールな同期と甘いキス

「三雲君……」
「何しているんだ」

その声は低く、怒りを含んでいるのが分かる。
もちろん私に向けられたものではなく、目の前にいる本城さんに向かって放たれた言葉だ。

「三雲さん。別に何も? 白石さんとお話ししていただけです」

にっこり微笑む本城さんと対照的に、三雲君は私をかばうように立って彼女を睨んだ。

「本城。お前だろ、変な噂を立てたのは」
「私じゃないですよ。今も白石さんに元気出してくださいねって話していたところだったんですから」

……平気で噓をつくのか。
声のトーンも上げて、ぶりっ子モードの本城さんに呆れてしまう。

「嘘をつけ。聞いていたぞ。お前、よく公衆の面前で人を貶めるようなことが言えるな」
「まぁ、失礼なこと言わないでください」

三雲君のキツイ言葉に、本城さんはさすがに目を丸くして驚く。三雲君がここまで怒るのが意外といった表情だ。
いや、失礼なこと言ったのはあなたでしょう。
突っ込み待ちかなと思えるほど、本城さんは自分本位で言葉を発していた。
三雲君は盛大にため息をついた。

「人のことどうこう言うより、まずは自分の心配をしたらどうだ?」
「どういうことですか?」
「どういうことか、お前が一番わかっているんじゃないか? 午後一で内示が出るぞ」

内示という言葉に本城さんはハッとした顔になり、一気に青ざめる。
三雲君の言葉に何か心当たりでもあるのだろうか?
本城さんはちょうど来たエレベーターに慌てて飛び乗って行ってしまった。

いったい何なの? どういうこと?
残された私はぽかんとしてしまう。すると三雲君は私の腕を引いて、階段の方へ歩いて連れて行った。
階段を上がり、そのまま手前の資料室へ入っていく。

「鍵、どうして?」

普段この部屋は鍵がかかっている。どうして開いていたのだろう。
すると三雲君は部屋の鍵を見せてくれた。

「俺がさっきまで使っていたんだ。そこに川端からメールが入って、エレベーター前で柚月が本城に絡まれているって教えてくれた」
「それで来てくれたの?」

私が驚くと、優しく微笑んで頷いた。さっきの怒りはみじんも感じない。いつもの優しい三雲君だ。
張りつめていた気持ちが緩み、心からホッとした。

「来てくれてありがとう」
「いや……。あいつ、本当にタチ悪いな。まぁ、でもそれもここまでだろう」
「え?」

三雲君はニッと口角を上げる。
そういえば、内示がどうのって……。

「本城の悪事を上に話したんだ」
「どういうこと……?」

悪事って、私たちの嘘の噂を流したこと?
首をかしげるが、それだけではなかったらしい。

「本城、企画部部長と不倫していたんだ」
「えっ!?」

不倫!? 企画部部長って確か、40代の背の高いおじさんだよね。見た目はダンディーだけど、つけている香水がきつくて有名だ。
その人と不倫していたの? でも本城さん、三雲君のことが好きって……。
私が混乱しているのが分かったのか、三雲君が説明してくれた。

「今回の噂の件で、うちの部長に相談したんだ」
「営業部の?」
「あぁ。うちの部長が社長の遠縁って知っていたか?」
「え、そうなの!?」

営業部部長が社長の遠縁!?
また新たな事実に驚きで言葉を失う。

「本城の柚月への名誉棄損と俺への付きまといで相談した。そしたら、ちょうど少し前に企画部部長の奥さんから社内に電話があって、二人の不倫が発覚していたらしい。調査中だったんだってさ。不倫に故意的な噂に付きまとい……。さすがに目に余るということで、社長にすぐに話を通してくれた」
「じゃぁ、社長が事実関係を調べてくれたのね」
「あぁ。で、昼前に、午後一で本城と企画部部長へ内示が出るから、噂もおさまるだろうって言われた。詳しくは聞いてないけど、どうやら二人とも別々のところへ左遷されたみたいだ」

そうだったんだ……。
一気にいろんな事実を聞いて頭がパンクしそうだったけど、今は安堵の方が大きい。
はぁぁと大きく息を吐いた。

「週末になっちゃったな。一週間、辛かっただろう。ごめんな」
「ううん。三雲君こそ、忙しいのに動いてくれてありがとう」

にっこり微笑むと、三雲君が私を抱き寄せた。

「嬉しかった」
「え?」
「優しくて温かくて包み込んでくれるような俺が好きって言ってくれて」
「聞いてたの!?」
「聞こえたんだよ。静かに啖呵切った柚月、かっこ良かったよ」

聞かれていたなんて、恥ずかしくて顔から火が出そうだ。
三雲君は嬉しそうにニコニコとしているけど、私は俯くしかない。

「ありがとう、俺を大切に思ってくれて。俺も柚月が一番大切だから」
「三雲君……。うん、ありがとう」

愛おしそうに呟く三雲君に、傷ついた心が癒されていく。
本当、ハグってストレス緩和するなぁ。それだけじゃないか。好きな人に抱きしめられているんだもん。心が安らぐのは当たり前だよね。
頭の片隅でそう思いながら、愛しい人の背中に腕を回した。

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