幸せの伝書鳩 ハートフルベーカリーへようこそ!

11.

 一人のおじさんが寂しそうな顔で歩いています。 背中には大きなリュックを背負っていますねえ。
「何でさあ、みんなはぼくを知らん顔するんだろう? こうしてずっと歩いているのに、、、。」 家から随分と歩いてきたのでしょうか?
おじさんは疲れてしまって道端の大きな石の上に座り込んでしまいました。
 「ぼくはいったい何をしているんだ? 何でみんなは気付いてくれないんだ?」 ブツブツ文句を言いながらおじさんは汗を拭いています。静かに風が吹き、人々は幸せそうな顔で通り過ぎていきます。
誰一人 おじさんには気付きませんね。

 「ちょっとくらい話を聞いてくれてもいいだろう! ぼくは今まで寝、、、。」
おじさんは道の真ん中で大きな紙を広げて叫び始めました。
「ダメだな、これでもみんなはぼくの話を聞いてくれないんだ。 どうせぼくなんて、、、。」
最後の望みも消えてしまったおじさんは寂しそうにまた歩き出しました。
でも、何処へ向かっているのか分かりません。 どれくらい歩いたのかも。

 そんな時でした。 「何だかいい匂いがするんだけど、、、。」
お腹も空いていたおじさんは懐かしいパンの匂いを嗅ぎました。
「何処から匂うんだろう?」 ボーっとした頭で匂いがする方向へ歩いていくと、小さなパン屋さんが見えてきました。
 おじさんは居てもたってもいられなくなってその扉を開けました。
「やあ、来てくれたんだね?」 喜光君と心ちゃんがパンを焼いていました。
「ねえねえ、おじさん このパンをあげるから食べてみて。」 こんがりと焼かれた食パンです。
上にはバターと砂糖がたっぷり載せられています。 おじいちゃんが焼いてくれた懐かしいパンです。
 おじさんはホットミルクを飲みながらパンを食べています。
「おじさん 何か有ったの? 暗い顔をしてるけど、、、。」 心ちゃんが心配そうに聞いてきました。
「実はね、、、。」 おじさんは泣きながら話始めました。

 「うんうん。」 喜光君もいつの間にかおじさんの隣に座って話を聞いてくれるようになりました。
でもなぜか、心ちゃんは悲しい顔をしています。
 「あれがこうなって、これがこうでね、、、。」
「おじさんさあ、そんな話は誰も聞かないと思うよ。」 「え?」
「だっておじさん、あの時はこうだった この時はこうしたって話してるけど、そんなのみんなには関係無いじゃん。」
「そうか、、、。」
「おじさんさあ、今まで大変だったことは分かったけどさ、そんなの分かったからってみんなにはどうしようもないんだよ。」
「じゃあ、ぼくはやっぱり、、、。」 落ち込んでしまったおじさんに喜光君が笑って言いました。
「おじさんってさ、知られたがりなんだよね? みんなに知ってほしいんだよね?」 「うん。」
「だったらこうしようよ。 これまでの自分のことはもういいの。 これからの自分のことを話そうよ。」
「これからの自分のことを?」 「そうそう。」
「だってさあ、おじさんも考えてよ。 10年前に100万円落としましたって言われてもどうしようもないんだよ。
その時のおじさんのことは誰も知らないんだから。」 「そうだよね。」
「それにさあ、そんなことを道路の真ん中で叫ばれたって迷惑だよ みんな。」 「うん。」
「おじさんのこと 何て言うのか知ってる?」 「知らない。」
心ちゃんが身を乗り出してきておじさんに聞きました。
「不幸自慢の知られたがりって言うの。 そんなん誰も聞きたくないわよ。 聞くんだったら家の中ね。」
 おじさんは何かを感じたのか泣き出してしまいました。
「おじさん、そんなんじゃもったいないよ。 おじさんにだってまだまだやりたいことは有るんでしょう?」 「うん。」
「だったら夢の有る話を聞かせてやってくれないかなあ? そのほうがみんな喜んでくれるよ きっと。」
喜光君が小さなガムの箱を持ってきました。
「寂しくなったら、寂しくなったらこのガムを噛んでね。 嫌なことも辛かったこともきっと忘れられるから。」
扉を開けて出て行くおじさんを心ちゃんはいつまでもいつまでも見送っているのでした。
 昔の思い出ってついつい話したくなりますよね。
「あいつにこうされた。」とか「こいつにこんなことを言われた。」とか、、、。
でも、それって今 会っている人たちには関係無いこと。
どんな目に遭っていてもどんなことをされていても、目の前に居る人たちにはどうでもいいこと。
 ひどいかもしれないけれど、聞きたくない話を聞かされても迷惑でしか無いんですよね。
不幸自慢の知られたがり、、、。
虐めとかひどい体験に遭った人って自分では気付かないうちに不幸自慢をしてしまっている。
知りたがりも迷惑だけど、知られたがりはもっともっと迷惑かも。

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