貴方に介護(あい)されたい。

2和(溢れてしまったミルクはもどるのだろうか)

 何もやる気が起きない。
 本当に何も無くなった。
 仕事は嫌いではなかった。好きかと聞かれると大好きとは言い切れないが、生きていくことに最低限の生活を与えてくれる意味では大切であった。
 家に帰り、服を着替え、柱に寄りかかる。私が何をしたと言うのだろう。沢山求めていたわけではない。ただ、慎ましくてもいいので祖母との二人平穏に生きたかっただけなのに。
 私の指の隙間から何もかも溢れていく。これからどうしようと考えている身体が柱から崩れていく。これからどうしようか。学歴もなく、美貌もなく、頼れる家族、恋人もなくないないずくし。
 あー、神様は不公平だ。そんな事を考えながらそのまま眠りについた。
 こんな無為な生活が、1週間続き、絶望とは裏腹にお腹は空く。私の生存本能が生きる事を諦めていない。いっそ何もかも諦めてくれればいいのに。
 何か食べるものを。
 気だるい体を起こし、近くのコンビニまで向かうことにした。あー、これからどうしよう。多分、ハローワークに行けば失業保険はもらえるだろうけど、1ヶ月食べていけるほどはないだろう。祖母は、自分で使いなさいと言っていたが、うちにそんなにゆとりがなく、祖母にわからないように私の給料も生活費に充てていた。
 貯金は・・・。あー何もかも足りない。せめてもの救いは、家賃がないくらい。いっそ、このまま死んだ方が楽なのではとも思うが、死ぬほどの勇気もない。
 そんな事を考えながらコンビニに向かった。
 「982円です。お支払い方法を選んでお会計をお願いします。」レジの快活そうな女性店員からの笑顔。あー、眩しい。眩しさに目を当てられながら、愛用のガマ口財布からお金を取り出そうとガマを開ける。少し力が入り過ぎたのか、ガマ口がウシガエルの鳴き声のように小銭を吹き出し、店内にばら撒いた。
 「すみません、すみません」と必死謝罪しながら小銭を拾う。周りからは、「まじか」「電子マネー使えよ」など冷ややかな声。羞恥に頬を染めながら必死に小銭を拾う。
 「慌てなくてもいいですよ」
 優しく声をかける人がいた。
 ふと顔を上げると、シルバー?白髪が目に飛び込む。その人は優しく微笑んだ。髪の色ほど老けていない。その紳士は、一緒に床にしゃがんで小銭を拾い続けてくれた。
 紳士に釣られるように他のお客さんたちも仕方ねえなという態度で、小銭を拾う事を手伝ってくれた。
 「もう無さそうですね。」と紳士は拾った小銭を私の掌に渡してくれながら、また微笑んでくれた。
 私は会釈をし、すぐさまお会計を済ませて、ロマンスグレイ?の紳士がコンビニから出てくるのを待った。
 私は勇気を出してコンビニから出てくる紳士の前に立ち、羞恥も顧みず思いっきり頭を下げた。
 「ありがとうございました。」
 ゆっくり頭を上げて、紳士の顔を見た。紳士は、やはり微笑んでいた。
 「お礼を言われるような事ではないでが、感謝は素直に受け取りますね。」とまた微笑んだ。
 「私、佐々木と申します。お名前を伺ってもよろしいですか?」
 紳士は、少し驚いた顔をして、「桐谷と申します。佐々木さん。」と微笑み返してくれた。桐谷さんを改めて見ると、ネームホルダーが下げられており、そこには微笑みの郷施設長とあった。
 私がネームホルダーをまじまじと見つめていると、「あー、これですか?私、この近くの特別養護老人ホームの施設長をしているんです。もし、ご興味があるならいらしてください。歓迎しますよ」と名刺を渡し、微笑みの郷と書かれた車に乗り込み立ち去った。
 私は、微笑みの郷の車が見えなくなるまでその場で見送った。
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