5分で読める  ショートショート ホラー・SF編 (全4話)
ゴンドリエーレの初仕事

 この地に住む男たちにとって、
 ゴンドラの船頭――ゴンドリエーレとなることは憧れだった。

 大きな川を、ゴンドラを操ってわたり、
 人々の足となって岸から岸へ送り届ける。

 その仕事に、男たちは誇りを感じていた。

 おれもゴンドリエーレを夢見ていた男のうちのひとりだ。

 そして、必死でゴンドラの操作技術をみがいて難関の試験を合格し、
 ついに今日、ゴンドリエーレとしての初仕事をすることになった。

 案内人とともに船着き場にやってきたのは、
 十歳くらいの幼い少女だった。

 記念すべき、最初のお客様だ。



「こんにちは、かわいいお嬢さん」



 おれが声をかけると、
 緊張していた顔つきだった少女は、はにかんで笑った。



「じゃあ、行こうか。さあ、お手をどうぞ」

「あ、ありがとうございます」



 この歳くらいの子だと、
 ひとりだと怖いだとか、嫌だとか言って
 ゴンドリエーレを困らせる子もいると聞いたのだが、
 そんなことはないようだ。

 少女は素直に返事をすると、
 そのままおれの手をとり、ゆっくりとゴンドラに乗った。



「大丈夫? 怖くない?」



 少女は無言でこくりとうなずく。
 
 まだ、緊張しているようだ。

 世間話でもして、なごませてあげようか。



「お嬢さんは、どこから来たの?」

「えっと、日本から」

「そうか! おれ、日本好きなんだよ。
ゲイシャ、サムライ、ニンジャ……。
みんな、まだ活躍してるんだろ?」

「ええー、芸者さんはともかく、さすがに侍と忍者はいないよー」



 もちろん、この二十一世紀に彼らが存在しないことは知っている。

 それでも、おれは話を続けた。



「そんなことない。
きっと、ニンジャはいる。
そして、日本の裏の世界で日々戦っているんだ」



 声をひそめ、大真面目な顔をしてそう言ってみせると、
 くすくすと少女は笑い出した。

 しばらく話をするうちに、少女の緊張はすっかりとけたようだ。

 敬語だった口調もくだけたものになり、声を上げて笑うようになった。



「あー、もう、お兄さんってば、おもしろすぎ。
……あ、そうだ。大切なこと忘れてた。お兄さん、はい、お金」



 少女は手に握りしめていたゴンドラの代金を差し出した。

 おれはそれを受け取って驚く。



「相場よりかなり多いんだが……。大丈夫か?」



 それを聞いて、少女は顔をしかめた。



「そうなの? 
うちのお母さん心配性だからなぁ……。
大丈夫だよ、お兄さん、とっておいて」



 まったく、と少女は頬を膨らます。



「もー、本当に心配性で、困っちゃう。
聞いてよ、お兄さん。
ここへ来る途中、お母さんってば、わたしについてこようとしたんだよ。
ひとりで行くって言ってるのに……」

「あー、まあ、珍しいことでもないさ」



 フォローを入れると、少女はふうーっとため息をついた。



「まあ、気持ちは分からないでもないけどね。
……でも、追い返しちゃった。
まったく、本当にしょうがないんだから」



 少女は肩をすくめてみせた。その大人びたしぐさに、苦笑する。そこで、ふと思った。



「そういえば、さっきの話にもどるんだが……。
お嬢さんは日本から来たんだったよな。
日本では、この川のことを何て呼んでいるんだ?」

「えっとね、『三途の川』だよ」
                   
 
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