S系外科医の愛に堕とされる激甘契約婚【財閥御曹司シリーズ円城寺家編】
 ふと周囲の音が聞こえなくなって、外界から隔絶されたような感覚に陥った。和葉はひとり、内面世界へと沈んでいく。そこは静かな海のようだった。光も音を届かない深海を漂っていると、怖くて、不安でたまらなくなる。

 和葉は思い出していた。胸が押しつぶされるような、こんな気持ちを以前にも味わったことがある。

(嫌だ。大切な人がいなくなってしまうのは、もう二度と――)

 しっかりしなきゃと言い聞かせても、幼い子どもに戻ってしまったように震えることしかできない。
 ふいに声が聞こえた。そして、暗い海の底にかすかな光がさす。

「―は。和葉」

 誰かが自分を呼んでいる。柾樹の声のようにも聞こえるし、育郎にも似ている気がする。穏やかで、優しい声。懐かしさに涙がこぼれそうになる。

(私を呼んでいるのは、誰?)

「心配しないで、和葉。ほら」

 差し伸べられた手をおそるおそるつかむと、その手は力強く和葉を引きあげてくれた。その瞬間、ぶわりと温かなものが全身に流れ込んできた。

 頭のなかで古いフィルム映画が上映されはじめる。

『あら、柾樹お坊ちゃんとそんなに仲良くなれたの? 和葉はお友達作りが上手ねぇ』

 あの豪勢な日本庭園を、ふたりで手をつないで散歩するのが日課だった。和葉のずっと続くおしゃべりを、彼女――和香子はいつだってニコニコと聞いてくれていた。
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