二次元に妻を奪われたくないスパダリ夫は、壮大すぎる溺愛計画を実行する
 それから30分後、額に汗をかき、息を切らせた涼が持って帰ってきたものを見て、香澄は目を丸くした。

「トマトジュース?」
「そう。香澄、昔は野菜食べるのが苦手だったって教えてくれたよね」

 涼と香澄は、ちょっとした時間にお互いの何気ない出来事の会話を語り合うことができるくらい、距離は縮まっていた。もちろん、涼の方は香澄に知られたらまずいアレコレを話すことはうまいこと回避してはいたのだが。
 そんな会話の中の1つに、香澄がまだ小学校に入る前は野菜嫌いで、うまく食べられなかったという話も入っていた。小学校に入ったらいつの間にか食べられるようになっていた、ということも。
 ちなみに、当の香澄はそんな話を涼にしたことなどすっかり忘れていたので

「確かに苦手でしたけど、そんなことどうして知ってるんですか?」

 と驚いた。
 香澄のことであれば、手で直接触って確認したスリーサイズも、寝言で聞いた男の名前(実は推しキャラ)も全て覚えている涼なので、こんなのは朝飯前なのだが、涼は、そこはあえて言わないようにした。言うべき時に言うことを選ぶことが大事だということは、涼は職業柄よく知っていたから。もちろん

「君が僕に教えてくれたんだよ、その可愛い声で」

 事実は、しっかり口説きながら使うのは忘れない涼でもあった。

「やだ、いつ私そんなことを……」
「いつでもいいじゃないか。それだけ君が、僕に気を許してくれたということだよ」

 さらに、香澄の自分への気持ちを言葉でプッシュするのも、涼は忘れない。

「そ、そうでしょうか」
「うん、そうなんだよ」
「じゃあ……そうなんですね」
「うん」

 涼は、香澄が少しずつ自分の話をすぐに受け入れてくれるようになったのが、とても嬉しかった。
 少しまでなら、このやりとりは2往復では済まなかった。

「そ、それで涼先生。なぜトマトジュースなんですか?」
「それはね……君が覚えていた酸っぱいっていう言葉にヒントがあったよ」

 涼はそう言うと、コンロに火をつけて、シチューをかき混ぜながらトマトジュースを入れ始めた。
 もうだいぶ、手慣れた様子だった。

「本当は、野菜を煮込んでいる時からこれを使った方が良かったかもしれないけど……君が作ったものはどれも無駄にしたくないからね」

 そう言いながら、涼はおたまをぐるぐるかきまぜながら、シチューが温まるのを待ち、それから小さなお皿に一口分だけよそった。

「さ、どうぞ」

 香澄は、恐る恐るそれを受け取り、口をつけてすぐに驚いたように目を見開いた。

「お父さんの味がする……」

 香澄の目には、うっすらと涙が浮かんでいた。
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