乙女と森野熊さん
「あ、真奈美、教科書とノート、机に置きっぱなしじゃなかったっけ?
明日の授業で使うし一旦取りに戻らない?」
私が笑顔で言うと、真奈美は戸惑った顔になってちらりと父親の方を向いた。
「パパ、忘れ物取ってくるから先に帰って・・・・・・」
「来なさい」
おそらく真奈美に意図は伝わった。真奈美もお父さんにすぐ近づきたくないから私の嘘に乗ったんだ。だが簡単にはいかず、父親がそう言うと一歩こちらに近づく。
どうしよう、ここで私が直接何かを言って真奈美の不利にならないだろうか。その判断がつかない。
真奈美は父親の方を向いて歩き出し、父親の前に来てこちらを振り向いた。
「ごめん、教科書とか明日持ってきてもらっていい?」
真奈美の顔は悲しげで、私はすぐに言葉が出ない。
「駄目だ」
真奈美も私も、その言葉を言った父親を見る。
「お前はもう家から出さない。お母さんのようにどこかで悪い影響を受けたら大変だ。
だから父さんとずっといればいい」
冷たい声で真奈美に言ったその言葉は、嘘には聞こえない。
真奈美も驚き顔を強ばらせている。