乙女と森野熊さん
覚悟を決めて真奈美を抱きしめていたのに、何も起きない。
やっと耳に男の苦しむ声が聞こえ、私はおそるおそる目を開けて振り向く。
そこには、ナイフを振り上げた真奈美の父親の手首を、無表情なまま掴んでいるスーツ姿の熊さんが、まるで狩った獲物を持ち上げているかのように立っていた。
「放せ!放せ!!」
「・・・・・・銃刀法違反で現行犯逮捕する。時間」
暴れる父親を大きな腕一本で掴み、熊さんが掴んでいる力を強めたのか、未だに暴れている父親の手からナイフが滑り落ち、アスファルトの地面に落ちて鈍い音を立てた。
「12時46分です!」
熊さんの抑揚の無い声に、駆け付けた若い男性が慌てたように時計を見て報告する。
まだ暴れる父親に熊さんがぐっと腕をひねれば、父親は叫びながらその場に崩れ、わっと数名のスーツ姿の男性が押さえつけた。
「胸を圧迫するな。死ぬぞ」
「はい!」
「それと、こちらに見せるな」
「はい!」
立ったままの熊さんが、暴れる父親を地面に押さえつける男性達に言えば、勢いのある返事と共にすぐに父親の身体を起こさせ、男性達が父親を隠すように私達に背を向けると、カシャンという音がした。