恋はひと匙の魔法から
上司の胃袋を掴んでしまいまして

実らない片想い

 軽快な電子音のテーマソングが流れるコンビニの店内。棚にぎっしりと隙間なく並べられたおにぎりを、三浦透子はじっと眺めていた。

 オフィスビル内にある、このミニコンビニは全体の品揃えこそ通常の路面店に比べ劣るものの、おにぎりやサンドイッチなどの軽食類の品揃えはとても充実している。
 
 三秒ほど悩み、鮭おにぎりとしらすと高菜のおにぎりを手に取る。ついでにその隣の冷蔵棚から、一日分の野菜が取れると書いてある野菜ジュースも空いている右手で引っ掴み、レジへ向かった。

(毎度のことながら、絶対足りないと思うんだけど……)

 セルフレジにバーコードを読み取らせながら、透子は唇を尖らせる。

 コンビニ食をむやみやたらと否定するつもりはないが、成人男性の昼食がおにぎり二つと野菜ジュースだけでは、栄養価もエネルギーも到底足りているとは思えない。

 自慢ではないが、透子なら一時間でお腹が空く自信がある。

 けれども、炭水化物とたんぱく質、野菜(ジュース)と、一応栄養素のバランスが取れているだけマシなのかもしれない。

 何せ透子が毎日の昼食のおつかいを買って出るまで、彼はデスクに箱買いでストックしてあるビスケット状のバランス栄養食品だけで昼食を済ませていたのだから。しかも毎日。

 それに加え、朝は食べず、夜も会食の日以外は酒と一緒にサラダと肉をつまむだけらしい。

 レシピサービスを運営する会社のトップが、こんなに食に無頓着でいいんだろうか……。
 そう首を傾げながら、透子はコンビニを後にした。

 店舗の向かいのエレベーターホールから、低層階用のエレベーターに乗り込んだ。十四階に、透子が勤める株式会社フェリキタスがある。
 

 株式会社フェリキタスは、動画を用いたレシピサービス、『ルセッタ』の運営を主な事業としている。

 『ルセッタ』がサービスを開始したのは今から二年ほど前。
 まだ日本では動画を用いたレシピサービスはさほど普及していなかった。

 その真新しさと、シンプルかつスタイリッシュな画面デザイン、そして分かりやすい操作性で、SNSのインフルエンサーを発端として話題沸騰し、今では『ルセッタ』のアプリは三千万ダウンロードを越え、動画の再生回数は累計で一億回を突破している。

 今まさに、破竹の勢いで急成長しているスタートアップ企業である。

 透子がフェリキタスに入社したのは今から二年前。ちょうど『ルセッタ』がサービスを開始した頃だ。
 知人の紹介で入社し、前職――大手総合商社の事務職――の経験を買われた透子はCEO秘書としてここで働いているのだった。
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