恋はひと匙の魔法から
伝えたいのは

融解

 ドサっと粗暴な動作で隣に腰掛ける西岡を、透子はただただ呆然と見ていた。次々に湧き起こる疑問が頭の中で行列をなしていて、一体何から尋ねればいいのか分からない。

「早くね?」
 
 透子が呆気に取られていると、頬杖をついてその様子を見ていた水卜が怪訝そうな声を上げる。
 確かに水卜の言う通りだ。西岡の帰りの新幹線は、七時台に新大阪を出発するチケットを透子が手配していた。本来なら今はまだ新幹線の車中のはずだ。
 同じことを思った透子が戸惑いがちに西岡を見やると、彼は何故か不機嫌をそのまま乗せた視線を透子へ向ける。

「誰かさんに会おうと思って、乗るやつを振り替えたから。……返信なかったけど」

 どこか恨みがましい声でそう告げられ、透子は慌てて鞄からスマートフォンを取り出す。そういえば朝からずっと確認するのを忘れていた。
 見てみると、西岡から今日仕事終わりに会えないか、という旨のメッセージが届いていた。しかも朝に。

「す、すみません。全然見てなくて……」

 身を縮こめて上目遣いで弁明をする透子に対し、西岡は「まあ、そういう理由でよかったよ」と肩の力を抜いて苦笑いを浮かべた。
 それは二人でいる時によく見せる表情だ。彼は極めていつも通りで、透子に別れを告げようなんて空気は微塵も感じ取れない。それともこの場に水卜がいるから、わざと透子との仲が自然に見えるよう振る舞っているだけなのだろうか。そうだとすれば、西岡の演技は俳優並みだ。透子に彼の本心など見破れるはずがない。
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