恋はひと匙の魔法から
(とりあえず引っ越さなきゃな……)

 英美里が来ることはもう二度とないだろうし、あの後すぐに鍵も変えたが、念には念を入れたかった。
 回想を終えた遼太の脳内は、早速引っ越しについてのあれこれを考え始めていた。

(間取りは今より広い方がいいな。そしたら透子も気兼ねなく荷物も置けるだろうし。というか、もはや一緒に住んだらいいんじゃないか?)

 早急すぎるだろうか。だが、それは素晴らしい名案に思えた。
 自画自賛をしていた矢先に短いバイブレーション音が聞こえ、遼太はすかさずスマートフォンを手に取った。
 もしかしたら透子にも想いが通じたんだろうか、なんてちょっとファンタジーな考えも頭によぎったが、画面に表示された名前にその期待は一瞬で裏切られた。
 しかも、そこに記された文面が遼太の神経を余計に逆撫でた。

『透子ちゃんの慰め会中。到着次第来られたし』
「あぁ?」

 思わずドスの効いた声がこぼれた。
 すると、一つ座席を空けた隣に座るサラリーマンが迷惑そうに顔を歪め、遼太に向かって鋭い一瞥を投げる。遼太は小さく会釈をしてそれを躱すと、手に持ったスマートフォンと向き直った。
 メッセージアプリには水卜から先程の癪に触るメッセージと共に、行き慣れた居酒屋のURLが送られてきている。

(ていうか、慰め会ってなんだ……)

 こうして呼び出されているところを鑑みるに原因は恐らく自分にあるのだろうが、全く心当たりがない。強いて言えば先週テレビ局で英美里と遭遇したことくらいだが、そのことで透子が思い悩んでいたのだろうか。
 遼太はギリっと歯噛みした。思い至らない自分が情けない。水卜へ手短に返信をし、焦心を紛らわすように踵を小さく鳴らしながら列車が駅に到着するのを待った。
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