恋はひと匙の魔法から

急転直下の恋模様

「そんなにガチガチにならなくても」

 自室の玄関扉の二つある鍵穴の内の一つに鍵を差し込みながら、西岡は苦笑を漏らした。
 どんな顔をすればいいのか分からずに、車を降りて内廊下を歩く際もずっと俯いていた透子はハッとして顔を上げた。多分緊張して見えたのだろう。事実、その通りだが。

「俺、これから取って食おうとしてるけど平気?」

 二つ目の錠が開く音がした。
 これからこの扉の先で起こる出来事を示す明け透けな物言いに、透子は顔を赤らめる。
 きっと彼は逃げる隙を与えてくれている。経験が未熟なのはとうに見破られているに違いない。西岡の配慮を理解した透子は、それでも小さく頭を振った。

「あの、私……今、すごい緊張しているんですけど……でも、それは、嫌じゃなくて……」
「うん」
「なんというか、その……夢みたいだなって……」

 そう呟いたのと同時に扉が開いた。
 手を引かれ三和土に足を踏み入れた瞬間、振り返った西岡にギュッと強く抱きしめられる。

「可愛い」
(か、かわ?!)

 鼓膜を震わす信じ難い単語に混乱している隙に、顎を持ち上げられ唇にキスが落とされた。唇同士が隙間なくピッタリと合わさり、そこから彼の熱が伝わってくる。
 やがて名残惜しげにゆっくりと唇が離れていったかと思うと、今度は啄むように何度も唇を食まれた。
 甘い吐息が無意識に口から溢れてしまうのを止められない。
 透子の上唇を擽る西岡の舌先に促され口を小さく開けば、ここぞとばかりに彼の舌が隙間から入り込んできた。

「んぅ……はぁっ……」

 口内を貪るように舐める舌に翻弄されながらも、それに応えるべく透子も拙い動きで舌を絡める。互いの口腔で混ざり合う唾液の淫靡な水音が玄関に響いた。
 こんなキスは初めてだ。食べられてしまいそうなほどの口付けに腰が抜けそうになった透子は縋るように西岡の背にしがみついた。

「あっ……」

 舌を甘噛みされ、透子の喉から小さな悲鳴が上がる。それと同時にかくんと膝が抜けて透子はその場にしゃがみ込みそうになったが、グッと腰を支えられそのまま西岡の胸にしなだれかかる。
 触れ合っていた唇だけでなく、顔全体が熱い。
 乱れた息を整えていると、労うように目尻に口付けが落とされた。

「ごめん、がっつきすぎた」
「……ううん」

 彼の胸に顔を埋めながら甘い余韻に浸っていた。求められる悦びに透子の胸が震える。
 愛されたいと切望する女の欲を示すように、透子はぎゅっと彼の背に回した腕に力を込める。それに呼応して西岡の節くれだった大きな手のひらが透子の頭を撫でた。

 ようやく靴を脱いで寝室に通されると、西岡は繊細な手つきで透子を抱き上げダブルベッドに横たえた。
 ギシリとベッドが軋み、西岡が覆い被さってくる。
いつもは理性的な光を湛えている彼の瞳が獰猛に獲物を狙い定めている。凄まじい色気を放つ瞳に貫かれ、透子の下腹がズクリと疼いた。
 彼の顔が近づいて来たかと思うと、噛み付くようなキスが降ってくる。目を閉じて受け止めながら、透子は奔流する熱へ身を委ねた。
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