恋はひと匙の魔法から
「シャワー、ありがとうございました」

 無事にシャワーを借りて身体を清めた透子は、西岡の待つリビングへ足を踏み入れた。
 広いリビングルームでまず目に飛び込んできたのは、大人二人はゆうに座れそうな大きさのビーズクッション。そこに身を預けて、西岡はタブレットを操作していた。
 こちらを振り向いた西岡が、空いた右隣の座面をポンポンと叩く。その仕草の意味を理解した透子は、照れ臭さからその場で立ち止まった。
 こんなの……まるで、恋人同士みたいだ。
 そこで、ハッとした。

(これって付き合うことになったの……?)
 
 体は繋げた。しかし、それはイコール付き合うと解釈していいのだろうか。
 彼から直接好きだと言われたわけでもなければ、透子の方から直接的に想いを告げたわけでもない。
 彼の気持ちは分からないままだ。
 けれども、直属の部下へ戯れに手を出すような不実な男性ではない、と思いたかった。
 
 ぐるぐるとまとまらない思考が脳内を駆け巡っている最中、「透子」と今度は名前を呼ばれた。
 我に返ると、西岡がジッとこちらを見つめている。早く、と急かされているような気がして、透子は一旦付き合うことになったのか否かの問題を横に置き、大人しく彼の隣に座ることにした。
 クッションへ腰掛けると、その瞬間から体がビーズに沈み込んでいき、全身を柔らかく包み込まれた。
 これは、人をダメにするやつだ。まさに極上の座り心地である。
 最早寝そべるように背もたれに身を預け、もちもちとした感触に包まれながら透子はその心地よさを堪能する。

「ごめん。一個だけコメントだけ打たせて」

 そう断りを入れた西岡は、真剣な面持ちでタブレットに向き合い、素早いタップで文字を打ち込み始めた。
 横目で見える液晶には、新機能を実装した際の画面レイアウトを確認するためのプロトタイプが表示されている。
 プロトタイプは開発部がデザイン作成ソフトを使用して制作しており、確認用のURLを発行すれば開発部以外の人間でもプロトタイプが確認可能だ。そして必要に応じ、そのレイアウトに対してコメントを残すこともできる。
 大きなシステム改修や注目度の高いコンテンツリリースの場合は、西岡がこうして直にプロトタイプを確認し、自ら修正点を指摘することもしばしばあった。
 
 西岡が修正点を書き残している間、手持ち無沙汰となった透子はさり気なく部屋を見回した。
 
 掃除は最低限しかしない、と言っていた割に部屋の中は整頓されている。単純に物が少ないということもあるかもしれない。
 背後にある、背の高いオープンシェルフには本やファイルがビッシリと隙間なく、そして凸凹に詰め込まれているが、それ以外にはこのビーズクッションとダイニングテーブル、それと目の前の大画面液晶テレビくらいしかない。
 ふと、テレビ台の横に細長いビニール袋に入ったシャンパンボトルが目についた。あれは確か――
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