恋はひと匙の魔法から
「終わった。お待たせ」

 思っていたよりも早くタブレットを床に置いた西岡が、透子の腰に腕を回した。透子を引き寄せる仕草はあまりにも自然で、その手練に透子は胸を高鳴らせた。密着した左半身から暴れる回る鼓動が伝染してしまいそうだ。
 それでもなんでもない風を装って彼に笑顔を向ける。

「私のことなら気にしないでください。まだチェック、続けてもらってても大丈夫ですよ?」
「いや、確認自体は終わってて、思い出したことをメモしておきたかっただけだから。それよりなんかあった?すごい見てたけど……」

 西岡がテレビの方へ視線を投げる。透子がお部屋観察をしていたのはお見通しだったようだ。

「あ、いえ。あのシャンパン、先週買ってた物だなって思って。お母様のお誕生日プレゼントなんですよね?」
「ああ、そう。来週家族で誕生日会なんだ。手土産持って行かないと、とんでもなく詰られるから」
「き、厳しいんですね……」

 透子も親の誕生日にはプレゼントを渡すが、忘れたからといって小言をもらったことはない。
 どれほど厳格な家なのだろうと恐れ慄く透子に、西岡が肩をすくめた。
 
「厳しいわけじゃないけど、とにかく気が強いんだよ。特に母親が。経営者だから、そういう礼儀とかに煩いっていうのもあるんだろうけど……」
「経営者!お母様がですか?すごいですねぇ」

 しかも西岡の口から告げられた企業名が、透子もよく知る化粧品メーカーだったものだから、余計に驚いた。
 父親は元財務省官僚で、年子の弟は、BIG3とも呼ばれる世界三大監査法人の一つに勤めているらしい。とんでもないエリート一家だ。
 
「ご家族、仲が良くて素敵ですね。皆さんお忙しいと思うのに、そうやって集まってお祝いするなんて」
「そこまで仲が良いわけじゃなくて、そうでもしないと全く集まらないんだよ」

 全員が仕事で忙しく、西岡家の面々が一堂に会するのは両親の誕生日祝いの時だけらしい。お正月もお盆も予定が合わず、実家に集まるという概念はないとのことだ。

「西岡さんのワーカーホリック癖は、きっと遺伝なんですね」

 何とも似たもの同士の家族だ。そう笑うと、ムッとした顔を向けられ頬を摘まれた。だが反論がない辺り、彼自身にも自覚はあるのだろう。
< 59 / 131 >

この作品をシェア

pagetop